プロローグー1.0
――それは、空だった。
夕闇に塗りつぶされた空。
それから、闘技場の観客席が逆さに見え、地面が――――。
地面が、急速に迫ってくる。
……痛えし、世界が暗い。
セロくんに吹っ飛ばされ、地面に激突し、顔を突っ伏しているからだ。
大きなどよめきの最中、俺はセロくんの声を聞いている。
……アイナと同調する“薬”の効果は、木刀を弾かれたその時に切れていた。
ヤツに好き放題酷使された体は「旦那……あっしはもう、一歩も動けませんぜ」と、か細い声で訴えかけてきている。脳みそくんに至ってはこの状況下で「……今日はもう寝ようぜ」と強烈な眠気の波動を出していた。
それに従って意識を手放したいのは山々だが、俺にはまだやることがあった。
両手をつき、立ち上がる。
息を大きく吸い、顔を上げた。
「俺の……負けだ」
俺はルネリアに、アンブレラに、アイナに……そして、これを見ている観客たちに訊いて回りたくなる。
――なあ。
こんなんでよかったのか?
俺は、うまくやれたのか?
***
「そう……ですね。おおむね、よろしいかと」
唇に指を軽く当てた少女が、思索の末にそう言った。
誰に?
……俺か?
「…………は?」
……なにが起きているのか、一瞬分からなかった。
「一瞬分からなかった」という文言の後は当然、「だが時間が経つにつれ、置かれている状況が分かってきた」などと繋がるべきだが、たっぷり十秒以上が経過してもなにが起きているのかはやっぱり分からなかった。
いや。
正確にいえば、一瞬分からなかったが分かったこともある。
まずは、今俺がいる場所。
自分の部屋だ。
そして目の前に座っている少女。
制服姿のルネリアである。
……まあ、それくらいのことは分かるんだよな。
だが依然として、その根本と理由――。
なぜルネリアがここにいて、自分がここにいるのかが分からない…………。
……というか、
「……アルくん? どうしました?」
そんなことよりも、
「…………いっっっ……」
「い?」
「……ってぇ~~~……!」
なるべく横隔膜を使わないようにした結果、笛の鳴るような声が喉から出る。
もはや「痛い」と訴えるのさえも痛い状態だ。
「……足、しびれました?」
「いや……そうじゃなくて……もうね……全身がね……」
強化版筋肉痛のような症状に悶える。悶える、と言っても痛すぎて全く動けないんだが。
なんだこれ。
俺の身体にいったい何が……。
いや、そりゃあれだけの動きをアイナにさせられれば当然か。
当然……。
「そうだ、そうなんだよな……」
吐息のようなか細さで呟く。
つい今さっきまで、決闘イベントやってたよな?
疑いようもなくそのはずである。身体も痛いし、敗北宣言をしたときの開放感もはっきり覚えてる。
……で、じゃあなんでいまここにいるんだ?
あの後、俺はどうなった?
……自室に戻った記憶がない。
記憶がないっていうか、まるでさっき負けた地続きみたいにここにいたわけで……。
つまり……。
「つまり…………どういうこと?」
…………だめだ、考えがまとまらねえ。
全身の筋肉痛と疲労と猛烈な眠気のせいで、なにもかも考えるのが億劫だった。
「医務室に行きましょう。立てますか?」
「いや、それは、大丈夫……そこまでじゃない……たぶん……」
「……ほんとうですか?」
ルネリアがいつの間にか傍にいて、俺の顔を覗き込んでいる。心配そうだ。
「急に死んだりしませんか?」
「ああ……寝たら治る……疲れた……」
というか、もう眠くて眠くてたまらない。
……寝ちゃおう。
そう思う前に、ごろん、と横に倒れた。床に当たった部分が筋肉痛と反応して鈍い痛みになるが、それすらもどこか他人事のように感じる。
「最近は色々ありましたし……それも、いよいよ明日で終わりですから。ゆっくり休んでください」
よく分からないことをルネリアが言い、一人で納得している。
……なにが、と口に出せたかは分からない。なにがいよいよ明日なんだ。
それでも、ルネリアの声が答える。それはもちろん、と。
「――“決闘イベント”ですよ」
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