プロローグ・プロローグ・プロローグ――


 ぜんぶ夢……だったのか?

 

 目が覚めて最初に浮かんだのは、そんな疑問だった。

 直後、体中の筋肉が悲鳴をあげる。


「いだい……いだい……」


 ほんとに夢か?

 ただの夢で筋肉痛になるか?


 ひんひん泣きながら、のそのそとベッドから這い出る。

 そういえば、疲れすぎて床で寝ようとしたはずだが……どうやらルネリアがベッドまで運んでくれたようだ。


 ――いよいよ明日で終わりですから。

 ――それはもちろん、“決闘イベント”ですよ。

 

「…………は、は」


 笑い声が漏れる。


 なにかの聞き間違いか、ルネリアがからかっていただけだろう。

 ……そう思いたかった。



「――それで、何時ごろに行けばいいの?」


 いつもの草原で顔を合わせると、アイナが不機嫌そうにそう言った。


「…………」


「……なに? どういう顔?」


「…………いや……」


 なにが「何時ごろ」なんだ? などと聞き返してもよかった。

 だが、そうしなかったのは――それが無駄なあがきだと、俺は心のどこかで気がついていたからかもしれない。


 そうかもしれないとは、思っていた。

 だけど…………受け入れるしか、ないのか……。


「今日は……?」


「…………うん」


「ということは…………決闘は、まだしていないんだよな?」


「……それは、そうでしょ?」


 ぐら、と足元が揺れる感覚に襲われる。


 な、な……。


 …………なんでぇ……?

 やっぱりぜんぶ夢……だったのぉ……?


***


 とはいえ、昨日のことが夢だったとはどうしても思えない。身体も痛いし。

 だが、のも事実だ。


 だから今日は紛れもなく現実で……本当の水曜日である。

 そのはずだ。


 もしかしたら――と俺は昼頃には、とある仮説を思いついていた。

 

 

 もしかしたらアンブレラが、俺にリアルな夢を見せて予行演習させたのでは?

 

 

 うーーーん…………。

 ……ありそうでいてなさそうで、ちょっとありそうなんだよな。

 だとしたら流石にグーでいっちゃうけどね。せめて事前に言えよ! って。


 それか、もしくは――と、浮かびかけたもうひとつの考えを、俺は頭を振って追い出す。


 …………いや、まさか。

 そんなはずは。

 馬鹿馬鹿しい。


***


「フン……棒を振り回すのがいくら得意でも、まるで役に立たないということを教えてやろう。

 放課後、オレと決闘しろ」

 

 筋肉痛のせいでの通りとはいかなかったが、やはりルネリア迫真の演技の甲斐あってセロくんは決闘を受けてくれた。

 

 それから、俺はルネリアと話しアイナと話し決闘イベントが始まり――。



「俺の……負けだ」



 膝をついて、負けを宣言する。

 

 長い……長い一日だった……。

 

 妙にリアルで予知めいた夢のせいで、かのような感覚だ。

 アンブレラめ……(推定有罪)。

 

 だが、ヤツに振り回される日々もこれで終わりだ。


 そうだよな。

 そのはずなんだ――。


***


「そう……ですね。おおむね、よろしいかと」


 少女が――ルネリアが、そう太鼓判を押した。


 三回聞いた台詞。

 三回見た光景。

 

 まるで、まるっきり二十四時間巻き戻ったかのような…………。


「…………………………」


 もちろんショックじゃなかったわけじゃない。

 だが、俺は案外冷静だった。

 絶対こうなって欲しくはないが、こうなるんじゃないかとは薄々思っていたからだ。


 …………なんて言いつつ、筋肉痛と疲労がなければ暴れ回っていたかもしれない。「わけがわかんねええええ!!!」とか叫びながら。


「ルネリア……」


「はい」


「今日は水曜日…………じゃないんだよな」


「はい。今日はまだ、火曜日です」


 へなへなと力が抜ける。


 わけがわかんねええええ!!! ……という混乱による激情よりも、「どうしてそんなひどいことするのぉ……?」が先に来る。

 

 またやれって? あの一日を? 

 どうしてぇ……?


「……アルくん? どうしたんですか?」


「ふて寝する」


 なにはともあれ、まずは眠ろう。

 とりあえず、疲れすぎて気力が出ない。


 ……まあ、もしかしたら目覚めても気力は出ないかもしれないが。


***

 

「やる気でねえ~~~~……」


 案の定、ベッドで朝を迎えてもやる気ゲージは底をついたままだった。


 どうしても嫌な考えが頭をよぎってしまう。

 つまり――今日のもまた、夢なんじゃないか、と……。

 

「いだいよぉ……うぅぅ……」


 それでも――もしかしたら夢じゃないかもしれない以上、確かめないわけにはいかない。


「やるか……三度目の水曜日ってやつを……」


 俺はベッドから這い上がり、着替え始めた。


***


 アイナとの打ち合わせ、支度、朝食、授業、昼食、そして剣術の授業。

 

 すべてが上の空のまま、時間が進んでいった。

 確かめれば確かめるほど、俺の知っている“水曜日”だ。


 ……現実感がない。ずっとない。

 まさに夢の中にいるような感じ。

 


 そのまま、俺は決闘イベントを迎え――。

 

「俺の、負けだ!」


 そう、高らかに宣言した。

 

 これで悪役アルター=ダークフォルトの物語は終わり。

 奴隷持ちでセロくんに絡む役割を押しつけられた俺が、無能力者セロくんに完膚なきまでにたたきのめされ、観衆の前で無様にひっくり返る――。


 これ以上理想的な展開は、どこにもない。

 これ以上やれることは、なにもない。

 


 …………なにもないんだってば。

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