プロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ


 分かったことがある。


 どうやらルネリアに限らず、アイナとかに“繰り返している”ってことを伝えても無駄らしい。

 というか、もっと言うと“なにか異常が起きてる”ってことを伝えようとしても別の話題として認識されるみたいな、そんな感じ。

 

 つまり、俺はひとりでこの訳の分からない現象に立ち向かわなきゃいけないってわけ。


 …………その事実に気がついたとき、心底ぞっとした。


 どんなに声を枯らしても誰も異常に気がつかない。

 俺だけが“水曜日”を繰り返し、正常な世界から取り残されている。

 ルネリアも、アイナも……俺がどんなに訴えて泣いて縋ろうとも、懊悩に気付いてくれることはない――。


「そう……ですね。おおむね、よろしいかと」


「アンブレラのところに行くしかない……!」


 六回目。

 やはりまた火曜日のルネリアの前に引き戻された俺は、例の筋肉痛と疲労に呻きながら立ち上がった。


「え、はい……アンブレラ様……ですか?」


 ルネリアが首を傾げているが、俺は説明せずに部屋を出る。どうせ「うんうん、美味しいですよね」と言われるのがオチだ。


 学園長室への突撃……いよいよこれしかない。

 いやもちろん、三回目……いや、なんなら二回目あたりからアンブレラに会いに行くことは頭にあった。

 それをやらなかったのは…………怖かったからだ。


 もしも――。

 もしも、アンブレラがダメだったら?


「……いや、そんなはずはない……!」


 自分にそう言い聞かせる。


 根拠もある。

 こんなわけの分からない状況を引き起こせるのがアンブレラくらいしかいない以上、奴には何かしらの目的があり、やらせたいことがあるはずだ。

 そして、その目的を示す手がかりがない――なんてことがあるはずがない。


 ないんだけど、実際にはヒントが見当たらないからたぶんアンブレラ本人からなにか聞けるはず!


 …………いや、まあ、これ根拠とは言わないよな。

 希望か。


 でも、こっちはもうそんなもんに縋るしかないというわけ。

 

 頼むアンブレラ! いい加減、なにが起きてるのか教えてくれ!



***


 

 ……ダメでした。

 

 結論から言うと、学園長室は閉まっていた。

 たしかに水曜日は急用が入ったみたいなこと言ってたが、今日はまだ火曜日だ。そもそも、アンブレラがこのループを(たぶん)引き起こしてるのに、不在なんてことあるか……? と思って夜更けまであちこちうろついてみたが、やはりどこにもいなかった。

 

 

 ……しかし。

 しかし、だ。

 

 ……俺は、アンブレラの不吉な一言を思い出していた。

 あれは、学園長室に呼び出されて「“決闘イベント”延期して!」とか言われたときのことだ。


 ――言っておくけど

 ――私が見てないと思って手を抜いたりしたら

 ――やり直してもらうからね。

 

 その恨みがましい声が脳内で再生されたそのとき…………雷に打たれたように、俺は暗い廊下に立ち尽くしてしまった。

 

「………………」


 冗談だよね? と、嘘だよね? と、マジかよ? が喉元で渋滞して何も出てこなかった。

 だが、この現状を見るにつまり……冗談じゃないし、嘘じゃないし、マジだった、というわけだ。


「お…………おかしいよ、あの人………………」


 これは渋滞せずにするりと出てきた。

 そもそも……一体全体、どうやってができるのかさっぱり分からない。世界の時間を巻き戻す……なんて芸当、死者の蘇生すら可能にしてしまう神聖魔法でもあり得ない。むちゃくちゃすぎる。


 ――しかし、いくらなんでもその“むちゃくちゃ”で“あり得ない”ことを、たかたが「生徒の演技が気に入らない」程度でやるか?

 …………という湧き出た真っ当な疑問は、「でも実際やってるじゃん!」という現実の前に押し流されていった。

 


***



 というわけで、やるべきことは定まった。


 それは……「手を抜かないこと」だ!


 ……いや最初から抜いてないわ。

  

 一度目も二度目も三度目も手を抜いた覚えなどない。

 ……そりゃ、直近はわりと適当だったけど。

 初回のほうは結構クオリティも自信があったけどねえ!


 ……だめですか、そうですか。

 

 とにかく俺がこのループから抜け出すためには……やるしかないようだ。

 アンブレラから合格のお墨付きがもらえるようによ……!

 

 七回目。


「奴隷風情がッ」


 最初からルネリアに厳しく当たってみたが、ダメ。

 ループ。

 

 八回目。


「――お手合わせ願おうか。セロ=ウィンドライツくん」


 今回は初心に戻ってみた。

 が、ループ。



「――愚図が……」

「無能力者如きがッ」

「セロ=ウィンドライツ……」

「よもやオレから逃げるのか?」

「放課後、それが貴様の最期の時だッ」

「貴様のような無能力者と同じ空間に居るなど虫唾が走るッ」

 


 ループ。ループ。ループ。ループ。ループ…………。




「――そう……ですね。おおむね、よろしいかと」


「…………俺もそう思うよ」


 たぶん誰がどう見ても「おおむねよろしい」以上の域に達した手応えがあるが、まっっっっっったく抜け出せる気配がない。


 悪役としての演技に磨きがかかりすぎて、とうとうセロくんに絡むくだりで小さな悲鳴が聞こえてくるようになった。

 これ以上いくと睨むだけで退学する生徒とかも出てきそうなんだけど、まだダメか? 俺をどこまで連れて行くつもりなんだアンブレラ? この先はもう怪獣とかになっちゃうしかないが……。


「…………疲れたな…………」


 実のところ何度も繰り返すうちに、感じる筋肉痛と疲労はマシになってきていた。体力がついてきた、ということなんだろうか。


 だが、それでも精神的な疲労は蓄積されている。

 今回こそは、という期待。どうせなにをしても“火曜日”に戻される、という諦め。“水曜日”から一生抜けられないのではないか、という恐怖と焦り。

 

「なんか……間違ってるのか?」


 何度も過った考えを引っ張り出して検討してみるが、答えなど出ない。


 ……いっそ、というのはどうだ?

 

 俺の心が折れたことが伝われば、アンブレラもループをやめてくれるかもしれない。ストライキだ。


 それに、どうせ真面目にやってもループさせられるに決まっているし……。


「……まあ、やってみるか」


 というわけで、俺はセロくんに近づかないようにした。

 もちろん剣術の授業は出ないし、したがって決闘イベントも起こさない。ひたすら自室に籠城してみる。

 

 ルネリアに心配され、なんとアイナが寮を訪ねてきたりもしたが、「決闘はしない」の一点張りで通した。

 

 その結果、



「――そう……ですね。おおむね、よろしいかと」



 ……当然だが、やっぱりループした。

 

 だが、いろいろ試してみるのは悪くない……気がする。

 例えば、「決闘イベントを起こして、決闘の場に出て行かない」とか。



「――アルター=ダークフォルトは小胆につき、決闘から逃亡した!」



 訓練場にこっそり行ってみると、審判らしき人がそう宣言してセロくんの勝利ということになっていた。

 ……というか、いたんだ審判。

「死か、降参か」みたいな殺伐ルールかと思ってたけど、いざとなったら流石に止めにくるんだろう。

 わりと新情報ではあるけど、たぶん関係ないな。



 で、そののちにやはりループするのだった。

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