アンブレラの説得。

「とにかく! 俺は嫌ですからね、そんな意味分からない役目押しつけられるの!」


「なんでよう! 困るよう! いいじゃん! “ダークフォルト”とかいう闇落ち家名なんだし! 少しは名は体を表しなよ!」


「あんただって“ハートダガー”とかいう意味不明ネームじゃねえかよ!」


「…………」


「…………」


「…………名前いじりは不毛すぎるからやめよっか」


「……うん」


 お互いに嫌な思いをして痛み分ける。

 でもほんとにハートダガーってなに? 心臓マニアの殺人鬼が先祖にいたりする?


「ちなみにダークフォルト家は魔族の血が入ってるので、バッチリ名は体を表しているのです」


「おい! いらんこと言うな! ……薄い胸を張るな!」


 明らかに常人より奔放に振る舞っている奴隷ルネリアの発言に、「ああそれだわ」とアンブレラが手を叩く。


「まあ、魔族の血のことは元々知ってるけど。

 それよりも、だ。

 聞いたよ~、アルターくん。きみ、家と縁を切りたいんでしょ?」


「んなっ! 

 ……なんでそれを」


「この学校の面接試験でなに言ったかぐらい把握してるよ。あたし、学園長よ?

 ……で、取引なんだけど。このお願い、引き受けてくれたらその件、ばっちり協力しちゃうよ?」


「…………」


 稀代の魔女にして三大魔術学園、オルド学園の学園長――アンブレラ。

 彼女の力があれば、それは可能ではあるだろう。


 その提案は、あまりに魅力的だった。

 

 まあ、魅力的だった、が。


「――どうして、先にその交換条件を持ち出さなかったんです?」


 同じことを疑問に思ったらしいルネリアが、先に尋ねる。


「……実は、こっちもバタバタしててね」


 アンブレラは疲れたようなため息をついた。


「なにせ“彼”の入学はつい昨日決まったんだよね」


「“彼”?」


「そう。アルターくんがしつこく絡み、いじめることになる少年ね」


「言い方が悪すぎる。事実とて」


「名前は、セロ=ウィンドライツ」


「ウィンドライツ!?!?!?」


 ダークフォルトとかハートダガーしかいない空間から、急に光り輝く名前が出てきて目が潰れるかと思った。


「ふふん、名前でビックリしてる場合じゃないよ~。

 なんたって、彼は無能力者ミュートレイスなんだからね!」


「…………なんですって?」


「お! ようやく差別する気になったか!?」


 目を爛々と輝かせる学園長に引きながらも、


「別になってませんけど……。

 いやでも、ここ魔術学園ですよね?」


 差別じゃないけど、無能力者が魔法学園に来てなにやるの? とは普通に思ってしまう。スポーツクラブに入って毎回見学に回るようなものだ。楽しいかそれ?


 そうなんだよねえ、と彼女はもういちどため息をついた。


「……まあ、そこらへんはいろいろあるにせよ。さて、問題だ。

 どうしてそんな彼の入学を認めざるを得ないと思う?」


「そりゃ……特別な事情があるとか――」


「特別な才能がある、などでしょうか」


「アルターくんもルネちゃんも、どっちも正解」


 つまらなさそうに、頬杖をついてアンブレラは意外でもなんでもない事実を首肯した。


「彼は生まれながらにして“特殊情報部隊”出身でさ、その規定の三十五……。

 ……あ、ここらへんの詳しいことはマズいか。

 とにかく、対人経験豊富なエージェントなのね。特化って言っても良い。つまり――」

 

 、とアンブレラは続けた。


「それって……」


「――そ。闇魔術グリムリープが使える人間ってこと。

 あ、これ機密事項だからね。言いふらさないでね、一応」


「…………」


 なんとなく、話が見えてきた。


 アンブレラが最初に挙げたような、顔が~とか、名前が~とかは全く本質的な理由ではない。……まあそれもあるんだろうけど。……あるんだろうがな!!


「でさあ、やっぱり、無能力者ってことで好く思わない子とかも出てくるでしょ?」


「まあ。そうかも……ですけど」


「“彼”は温厚な性格らしいけど、一方的に攻撃されてずっと黙っているとも思えない。

 みんな忘れかけてるけど、なんだかんだ戦時中だからね。差別意識も田舎とか古い世代じゃ根強いしさ。

 さらに危険なのは、“彼”に社会の共同性にあまり馴染みがないっていう点なんだよね。ある程度の反撃は予想されるし、それは自然な反応ではあるけど、加減を知らない可能性があるし……」


「待ってください」


 そう手を挙げたのは、ルネリアだった。


「だから、そのにアルくんを起用するのですか?」


「そう。アルターくんは一種のアンカー……というより、“いじめっ子たち”とか“差別主義者”の旗印かな。

 ダークフォルト家の子息よりもエスカレートして嫌がらせをしようとは、なかなか思わないはずだしね」


「ですが、アルくんにも危害が及ぶのでは? 

 それに、その対策はリスクの割りに不確実すぎるように思えますが――」


「だから確実にするためにシナリオが必要なの」


 黙ったままの俺の目を、アンブレラはじっと見つめる。

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