本編

学園長室にて。


 ――そう。


 いわゆる“お約束”に明るくない人だって知っている。


「主人公に嫌味なことをいきなり言ってくる奴は、必ず痛い目に遭う」と。


***


「…………つまり」


 と、俺は話をなんとか呑み込もうとする。


「俺はその『やられ役』をやるってことですか?」


「あー、そうそう! それそれ!」


「『あー、そうそう! それそれ!』じゃないんですよ」


 ――学園長室、だった。


 豪奢ではないが質の良い調度品に囲まれたその部屋には今、三人の男女がいた。


 西日の差す窓を背にして、両手を顔の前で組んでいる女性が、学園長にして稀代の天才魔女――アンブレラ=ハートダガーである。

 実年齢は俺よりも上のはず……だが、同い年かそれ以下にしか見えない容姿に脳が混乱を起こしかける。

 

 というか、混乱していた。

 

 容姿のせいじゃない。その学園長に呼び出され、直々に頼まれた意味不明な話のせいだ。

 

「もしかして……嫌、なの?」


「そうに決まってんでしょ。嫌ですよ!」


 なぜそんな意外そうな顔ができるのかさっぱり分からない。


 めちゃくちゃ嫌な奴になって、とにかくいっぱい嫌がらせしろという話を嬉々として受ける奴なんてこの世にいな……。

 ……………いや、まあいるかもしれないが、少なくとも俺は違う!


「そんなチンピラフェイスなのに?」


「おい! その発言は流石にライン超えてるだろ!」


 コンプレックスをいきなり刺激され、俺は敬語も忘れて猛然と指を差す。


 自動的に睨んでいるみたいになっちまう三白眼。

 は虫類を思わせる薄い唇に、ギザ歯。

 

 それが、アルター=ダークフォルトという男――俺の特徴だった。


 せめて目つきだけでも軽減しようと髪を伸ばしていた時期もあったが、ただひらすら家で爆弾を作っていそうな感じになっていることに気づいて短くした。

 結果、どこからどう見てもチンピラになった。思春期の身にはあまりにも辛い神からの仕打ちなのであった。


「――私は好きですよ、アルくんの顔」

 

 突如として、背後からそんな擁護の声が聞こえてきた。


 振り返るまでもない。

 声の主のことは、十歳のころからよく知っている。

 奴隷の証である首輪を付けた少女――ルネリアである。

 

 学園長が「ほらあ」とニヤニヤする。


「言っとくけどその子の存在もあるよ。アルターくんをこの役に選んだのは」


「……なんすか」


 なんすか、とか言ってはみたものの、死ぬほどか細い声になってしまった。アンブレラが何を言わんとしているのか分かったからだ。

 案の定、にんまりとした嫌な笑顔で学園長はそこを指摘してくる。


「いまどき、奴隷に身の回りの世話をさせてるところとか、学園にも連れてくるところとか――“嫌な奴”にピッタリじゃない」


「…………」


 ……不本意ながら、それは本当にそうなのだった。


 目つきの悪い男の後ろをしずしずと着いてくる、奴隷の銀髪美少女……。

 世間体が悪いことこの上ない。他人事だったら俺だって眉をしかめるし、陰口とかもいっぱい叩いちゃうね。


 いやでも、と思う。

 だから、これは違くてぇ……。


「もうその点は散々揉めた時に言った通りで、こいつがどうしてもついてくるって聞かなくてですねえ……!」


「アルくんのお側にお仕えすること――それ『だけ』が私の生きる意味であり、価値なのです」


「違うよ? 全然違うよ?」


 振り返って真剣に諭してみたが、やはり無駄だった。ルネリアは表情を変えず、こてん、と首を傾げるばかりである。なにが分かんねえんだよ。イチからか? 基本的人権の話からしなきゃだめか?


「とか言いつつ、首輪は外してあげないんだぁ」


 ……学園長はどうやらこの路線で俺を籠絡することにしたらしい。ねちっこく詰めてくる。

 俺は笑顔を作った。


「学園長は、解放するって言うと自殺しようとする奴隷を持ったことがありますか?」


「………………ごめん」


 何かを察した様子の学園長は、すっと目を逸らした。いや、もしかしたら単純にルネリアの異常性にビビったのかもしれない。まあどちらでもいいんだが。





――――――


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