それはあくまでも。

 あくまで可能性の話だからね、とソフィアは俺に念押しした。

 それも一回どころじゃない。なんなら三回くらい念押ししてきた。

 さすがに押しすぎだろ。念を。


「……勝てば終わるっていうのは、まだ不確かな推測だからね」


 昼食後、また押してきた。念を。

 なんなん。

 しつこいねえアンタも。


 そう思ったのだが。


「……つまり、まだ可能性に過ぎないから試さないでね」


 ということが言いたいらしい。

 もちろん俺はこう見えてまあまあ大人なので――。


「――んでだよ!! 可能性でもなんでもいいから試してみようぜ!!」


 駄駄をこねた。

 かなり、壮絶に。


 舐めるなよ。

 強面の駄駄こねの威力を。

 

 ソフィアは「え……ええ~」とかなり気圧されてはいたが、


「ま、まだ確証がないから! 絶対だめっ!」

 

 と、どうしても首を縦に振らなかった。


 ちっ……慎重派め……。

 だいたいよぉ……黙って聞いてりゃさっきから……話もまどろっこしいんじゃ……。

 そもそも、最初から全部知ってること話せや……。


 ――という顔でいたら、見透かされたようなため息をつかれた。

 それから、仕方なさそうに口を開く。

 

「……これは、かつてのわたしの経験なんだけど。

 そのときのわたしは、想定されていない、例外的な……なんていうかな、ズルをして突破しようとしたんだ。

 そしたら、その魔術から抜け出せなくなって……今のキミと同じように、ループを何周も何周もする羽目に……。まあ、それはどうやって解決したかは詳しくは言えないけど……いやあ、あのときはエラい目に遭ったなあ……」


 ……遠い目をして、怖い話をされた。

 なるほど。

 だから迂闊なことはするな、と。


 なるほど。

 なるほどなあ。


 …………いや。

 っていうか。


「え?」


「ん? なに?」


「…………いま、“同じようにループに”って言った?」


「それがどうし……あ」


 露骨に「しまった」みたいな顔をしやがった。

 チラチラとこっちを見ながら「……言ってないよ。別の話しない?」などと言ってやがる。待てや。


「ほほう! なるほど! 同じような事態に陥った経験がございますと!

 …………それは流石に最初に言ってくれてもよくないことでありませんこと!?!?!?!?」

 

 お嬢様みたいになっちゃった。


「い、いや違くて、これにも理由があって……わたしだって好きで情報を小出しにしているわけではなくて……。

 け、決してもったいぶったり意味深なことを言いたいわけではなく……」


「おい。動揺しすぎて“そう”にしか見えないぞ」


「ほ、ほんとに違うからっ!

 ああもう、この身体はいろいろと苦労するなあ……!」


「あ!?!?!? “この身体は”!? やっぱりその姿は本当のものじゃ――」


「……しょ、正体を詮索しないって約束! だめ!」


 失言をあげつらっていたら、ソフィアが顔を真っ赤にしてキレ始めた。


 ……まあ、これくらいにしておくか。

 いちおう、こんな怪しくて幼女(偽)で知ってること全部言わねえ奴でも協力してくれるとは言ってるし、立ち直らせてくれた恩義を感じてないわけじゃないしな。


「……つまり、憶測で迂闊なことをするとヤバいからもしれんから、大人しくしておいてくれ、と」


「……そうだよ。

 ……わたしはこの世界の“例外”とか“ズル”みたいなものだから。干渉しすぎるとろくなことにならないんだよ、きっと」


 なんだよそれ。おまえが一番憶測で動いてるじゃねえか――と思ったが、言わなかった。

 なんかその声が寂しそうに聞こえたから。


 でも、これだけは聞いておきたかった。

 

「ちなみに、ソフィアが閉じ込められた魔術はどんなものだったんだ?」


「えっと……。

 同じ二十四時間を、望む結果が出るまで繰り返す魔術…………」


「…………もういいだろ。セロくん倒しに行こう。

 誰かの望み、ばっちり叶えてやろうぜ。俺が勝てば良いんだよな。よっしゃやってやらぁ!!」

 

「で、でも! わたしが遭遇したのと今回はちょっと違ってるの! まってまって!!」


 ソフィアが腰のあたりに抱きついて、腕まくりして部屋を出ようとする俺を止めてくる。うるせー!


「いいの!? こんな怪しい幼女の憶測信じて!?」


「自分で言うなよ!」


「……永遠にループから出られなくなるかもよ!」


「…………だったら!」


 俺はソフィアを振りほどいた。


「いつ、どうなったら! 俺はループから抜け出せるんだよ!?」


 それは……自分でも驚くくらいの怒声だった。


 分かってる。

 別に、ソフィアが悪いわけじゃない。

 彼女には彼女の考えがあって、慎重に動いている。口ぶりからすると俺への接触も本当は避けたかったようだし、なにも明かさずに俺に指示だけ出す、みたいなやり方だってできたはずだ。


 だから、俺に情報を渡したのがソフィアの譲歩だと分かっている。


 分かってる。

 分かってる。


 ……それでも。


「いつになったら、その憶測を試せるようになるんだよ!?」


 俺は、焦っていた。

 焦っていたし、苛立っていた。


 ……即座に、強烈な自己嫌悪感に襲われる。


 なにやってるんだ、俺は。


「…………ごめん」


 尻もちをついたソフィアを、俺は助け起こす。

 少女は俺の手を取りながら、首をゆっくり振った。


「いいよ。気持ちは分かるし……わたしも悪い」


「……まあね」


「……キミって、ほんとにさ……」


 ソフィアが苦笑して、俺の顔を見る。


「アルターくん」


 その手を重ねたまま、ソフィアは言った。


「わたしは、たしかにキミよりも知っていることがある。

 だけど、今のわたしはなんの力もなくて、なにもできなくて……アルターくん以外には姿すらも見えない」

 

 少女の手の力が強くなる。


「だから、わたしの言うことは信じすぎちゃだめ。

 最終的に決めるのは、キミだよ」

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