All for the sake of FLAWLESS DAY!:)


「――この世界には、神聖魔法というものがある」


 たっぷり十分ほど考えてソフィアがまず口にしたのは、そんな事実からだった。


「いやそれは知ってますよ笑」とツッコミをいれるほど俺は野暮ではないし、ついさっき爆発したおかげか、いまやそれほど焦ってもいなかった。


 信じすぎるな、とは言われたが……俺は、なんだかんだ言いながら結局いろいろ教えてくれちゃうこの少女のことを、結構信頼し始めているのかもしれない。


「それは神によって作られ……物的なスクロールとして遺されて、教会が管理している。

 最も有名で身近なのは、治癒術のスクロールだよね。欠損した手足を再生させ、最上位のものでは死者の蘇生すらも可能になる。

 でも、そういう分かりやすくて便利なものばかりじゃない。危険で大きな力を持つのに、用途に困るものだってある。たとえば――」


 少女はそこで言葉を切り……それから、意を決したように言った。


「――スクロールナンバー000。

 “すべてはその完璧な一日のためにヘメラ・ヘネカ”」


 それが使われたんだな!? ……と食いつきたい気持ちを我慢して、説明を聞く。


「それは、空間に対して作用する魔法。発動した瞬間から、その空間は世界から切り離され、中にいた人間は外部から干渉を受けない観測不可能な領域に取り込まれるんだ。

 そして、そのとき空間にいた人間たちの“記憶と認識”によって、現実とは別の“もうひとつの世界”が形成される。そしてその世界では、二十四時間が巻き戻っている……」

 

 それが使われたんだな!? よりも、本当に申し訳ないが幼稚園児に話してると思って説明してもらえるか? がだんだん上回ってきたが、頑張って話に食らいつく。


「その“一日前のもうひとつの世界”で、人は現実では叶わなかったものを叶える、やり直しのチャンスを得るんだ」


 それが使われたんだな!?

 ……のベストタイミングがあるとしたら、まさにここだったが釈然としない思いが邪魔をした。


「……ん?

 ……それ言うほどやり直しのチャンスになってるか?」


 だって、それってつまり……えーと……。


 例えるなら……なんだろう。

 大損したギャンブラーたちが負けを取り戻そうと、その神聖魔法を使って“やり直し”たとする。

 で、巻き戻って一日過ごして、また賭けの場に行って今度こそ大勝したとしても、結局はその“認識と記憶でできた別世界”の中で勝てただけで……。


 そりゃ、嬉しいかもしれないけども。


 で?

 なにになるん?

 なんないよね?

 なんなんそのしょうもない魔法は。


「そう。だから、最初に“危険で大きな力を持つのに、用途に困るものだ”って言ったんだ」


 ソフィアは解せない顔をしている俺を見て、苦笑した。


「実際、キミが抱いてる印象は正しいよ。“すべてはその完璧な一日のためにヘメラ・ヘネカ”は、使えそうでいて、微妙に使えない……壮大で危険で無駄なオモシロ魔法って評価を下されてた」


「スクロールナンバー000トリプルゼロとかいうカッコよすぎる番号を背負いながらも!?」


「まあ……スクロールナンバーって、未知の神聖魔法のスクロールが発見されたあとに、効果の特定・検証に要したが、その数字になるってだけだから」


「あ、そうなの……」


 納得するのと同時に、「ん?」と思う。


 なんだろう……少し、点と点が繋がった気がした。

 効果の特定と検証。

 ……もしかしてそれをやってのけたのは、「かつて同じようなループに巻き込まれた」と語っていた他でもないこの少女なのでは?

 だったらソフィアは教会関係者ってことになるが……。

 

 考え込んだ俺の様子を勘違いしたのか、


「でもまあ、そういう“架空の一日”が救いになる人たちもいて、そのために神はこういう魔法を残したんじゃないかな。少なくとも、教会の所有理由は“精神治療・克服のため”らしいよ?」


「ほーん。で」


 まあ、そのしょうもない魔法の深掘りはいったん良いとして。


「――それが使われたんだな!?」


 ようやく言えた。うれしい。


「……どうだろ」


 ようやく言えたのに微妙な反応が返ってきた。かなしい。


「たしかに、いま言った通り……“すべてはその完璧な一日のためにヘメラ・ヘネカ”が使われたとすれば、このループ自体に説明はつくよ」


 あの日。

 無能力者ミュートレイスと貴族家の決闘、という結果の分かりきったカードをわざわざ見に来た彼らの大多数があの日、なにを望んでいたのかは……想像に難くない。


 それは、身の程知らずな無能力者の、惨めな敗北だ。

 強者が強者らしく勝利するという、当たり前の構造だ。


 しかし、その予想に反し、目つきが悪くて奴隷を侍らしているし野菜をめちゃくちゃ食ったりする貴族の男は無残に負け――。

 こうして、午後五時十六分。

 “すべてはその完璧な一日のためにしょうもない魔法”の発動条件は揃った。


「……そして訓練場一帯が、“アルターくんたちや観客を含んだ全員の認識や記憶に基づいて創り出された”になって――今、わたしたちを二十四時間に閉じ込めている。あのとき大多数が望んだ『セロ=ウィンドライツの敗北』が叶うまで。

 ちなみにね。“ここが認識と記憶で創り出された世界だ”っていうのだけは、憶測じゃなくて根拠もあるんだ。たとえば――」

 

 木々の葉の数。ルーディアの街にある店の並び。裏路地のゴミ箱の中身。雲の動き。白紙ばかりの図書館の本。

 深夜の街。入ることのできない店。ドアの開かない部屋。いくら歩いてもたどり着かないルーディアの外。


 ソフィアが「この世界でになっているもの」を列挙していく。

 そして最後に、

 

「――なによりも、わたしの存在がその証明」


 と指を折った。

 俺はソフィアの説明をなんとか咀嚼し、なるほど、と頷いた。


 なるほど。

 なるほどねえ、ここは作られた世界で……ははあ、そういうことですか……。


「……じゃ、完璧に説明がつくじゃん」


「……いや、ぜんぜん完璧じゃないんだよ」


「完璧だろ! 自信持てよ!」


「な、なんで!? どういう根拠でアルターくんはわたしを励ましてるのかな!?」


「いや、逆になにが不満なんだよ! どう考えてもそうにか思えねえよ! そこまで来たら慎重じゃなくてもう単なるビビりだろ!」


「まず第一に! わたしが知ってる“すべてはその完璧な一日のためにヘメラ・ヘネカ”には、個人に対する“忘却”と“順応”なんて効果はなかったの!」


「……“忘却”と“順応”?」


「……ループしたときに、みんなそのことを“忘却”して――異常事態が起きても、それが当たり前かのように“順応”してるでしょ」


 そりゃあ……。


「……そうですけど?」


「ですけど? じゃないですけど?

 あのねアルターくん。“現実では叶わなかった望みを叶えるために、人々の認識と記憶でできたもう一つの現実を創り出して叶えてあげよう!”って神聖魔法なんだよ?

 なのにその中で、ループしてることを誰も認識できなかったら、どうやって“望む結果”を得られるの?」

 

 そ……。

 いや、え? たしかに……あれ? でも……。


「……いや、でも俺は認識してる、よ?」


「……それ、本来想定されてなかった可能性が高いと思うよ」


「な、なんでそんなことが――」


 起きたんだ、と言いかけて気がつく。


 個人に対する“忘却”と“順応”という魔法。

 そこから、俺が逃れることができたのは――。


 あのとき。

 決闘の最中。

 剣を打ち合い、俺は魔術を組み立てて――。



 ――



「……は!? じゃあ、セロくんが“打ち消し”しなきゃ、本当は俺もループを認識できなかったってこと!? そんなのマジの詰みじゃん!」


「だろうね、むしろ改良したんだろうね。“しょうもない神聖魔法”を“別の世界に閉じ込める神聖魔法”にね。

 っていうか、そんな可能性まで考えるなら、ぜんぜん違う魔法って可能性もあるよね。

 ……そう考えるわたしって、おかしいのかな? 単なるビビりなのかなあ!」


「ご、ごめんて……俺が悪かったから……おいしいクッキーとかあげるから……」


 怒れる幼女にとっておきのお茶とクッキーをご用意する。ホントはルネリアのやつなんだけど……まあ、なかったことになるからいいか。




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