彼女の憶測/欠けた1ピース。

「――そりゃさ。

 わたしだって、いつまでも『憶測だから』って動く気がないわけじゃないよ」


 甘いものを食べて血糖値が上がったせいか、ソフィアが眠そうに机に突っ伏して言った。


「誰かがあの日、改良された“すべてはその完璧な一日のためにヘメラ・ヘネカ”を使った――今のこの状況からは、やっぱりそうとしか考えられない」


 でも、と自分の腕枕から顔を出して続ける。


「それを使うためには、この日にアルター=ダークフォルトとセロ=ウィンドライツの決闘が起きると知ってなきゃいけない。

 だって、そうでしょ。『その空間内にいる人間の大多数が一斉に何かを期待して、それが裏切られること』――なんて発動条件なんだよ?

 そんな状況にならなければ使えない、超がつくほど重要なスクロールを用意してる人間がいるなんて思えないし……」

  

 だから、ソフィアは神聖魔法が使われた可能性自体を、最初は「あり得ない」と断定していたらしい。

 あくまで、俺が偶発的にセロくんに決闘を申し込んだと思っていたからだ。

 

 ところが、“忘却”と“順応”から逃れたはずの俺が決闘に固執する姿を見て、「決闘にはなんらかの企みがあって、既定路線だったのでは?」と思い始めたらしい。


「もしそれが計画されてたことなら、改良された神聖魔法の使用って線も生きてくることになる……」


 けど、と頬杖をついてソフィアはカップを指でつつく。幼女らしからぬアンニュイな表情。


「……アルターくん、さっきわたしに訊いたよね。いつになったら憶測を試せるようになるんだ、って。

 決闘が起きることを知っていて、改良型“すべてはその完璧な一日のためにヘメラ・ヘネカ”を用意出来て。

 ……さらに言えば、大衆の予想に反し、決闘でキミが負けると知っていた人。

 そんな黒幕が本当にいると確信できたら――それが、さっきまでのわたしの答えだったよ」


 ……“さっきまでの”、か。



 ソフィアは、きっと俺に託すことにしたのだろう。

 だからこそ今、知っていることをこうして話してくれたのだ。



 どうしてその気になったのかは、分からない。

 訊いても答えてくれない気もする。


 話さなければ俺が無茶苦茶なことをするかもしれないと危惧したからか。

 どうせ俺がその気になれば、止めるのは無理だと諦めたからか。

 あるいは、可哀想になったとか。隠すのも面倒になったとか。


 思ったより俺がまともで信用できそうな奴だったから――みたいなのもあるかもしれない。



 ……まあ、本当のところは分からない。

 けど俺にはいつの間にか、話してくれたソフィアのその誠意を裏切りたくない気持ちが芽生え始めていた。

 できるなら、ソフィアも納得してから憶測を試したい――そう思う。


 ……もしや、俺にそう思わせるのが狙いか?

 まあ、たとえそうでもいいけどさ。


「うーーん……」


 というわけで俺は熟考に熟考を重ねる。


 条件に合う人物。

 それができた犯人。


 ……やがて顔を上げ、ひとつの答えを出した。


「……いや、やっぱアンブレラしかなくないか?」


 目的は分からないが、最初から俺とセロくんを閉じ込める計画だったと考えたら筋は通るぞ。


「そう言いたい気持ちも分かるけど……実はその可能性はかなり低いんだよね……。

 アンブレラ=ハートダガーは、神聖魔法のスクロールを行使できないようになってる。教会が強固な制限をかけてるんだ」


 そうか……言われてみれば、教会とアンブレラは敵対してるんだった。


「だったらもしくは、アンブレラが神聖魔法を自力で再現できるとか――」


「いやあ……そんなこと言ったら、教会の絶対的な制限を突破できるとか――」


 ぽつぽつと「それ以外の可能性」を議論してみるが、どれも微妙に違う気がする。

 たぶん、お互いに分かっているのだ。

 超ピーキーな条件下でしか使えない改良型神聖魔法が使われた――そんな妄想に近い可能性が、予想しうるものの中で一番確度が高いと。それ以外、ふたりが持ってる情報の中で出せる答えなんてないと。

 

「だからね……その場合、キミが勝ってしまうって条件が……ブラフって可能性すらもあってね……」


「…………ソフィア?」


 なんかむにゃむにゃ言ってるなとは思っていたが、いつの間にかソフィアは眠っていた。

 すべてを話したことで、気が緩んだのだろう。それは出会ってから始めて見る、子どもらしいあどけない顔だった。


 こんな風に無防備な姿でいられる程度には、信頼してくれているのかもしれない。そう考えると、ガラにもなく嬉しかった。

 

 

 もうすぐ、またループが始まる。

 ソフィアの寝息を聞きながら、俺は彼女の話を反芻し、「犯人は誰か」を考え続けていた。

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