アイナにプロデュース。


 翌日、水曜日早朝。


 俺はセロくんをタコ殴りにしてケチョンケチョンにするべく、アイナを待ち構えていた。

 とにもかくにも、まずはアイナに「やっぱあの野郎をボコして俺が勝ちたいんすよぉ!」と訴えるところからだ。


 ところからだ、とは言ったが、はっきり言ってそれ以外のプランはないわけだけど……。

 

 しかし、訴えかけることがもしできたのなら、それはすなわち俺の勝利を意味する。


 俺はもう何度もアイナを信じ、文字通り身を任せてきた。

 そしていつも彼女はその信頼に応え、オールウェイズレベルの高い、肉薄してるけど絶妙に押し切れない剣の打ち合いを毎回提供してくれたのだ。


 ……ヤツならばやってくれる。

 たとえセロくんが闇の組織の一員でも、勝てるはずだ。

 りんごは木から落ちて、水は高い方から低い方に流れ、アイナも剣が上手い。繰り返し繰り返し経験した俺にとってはもう、それは世界の法則の一部に等しいのだ。



 そんなことをしみじみと考えていると、朝靄の中に人影が見えた。アイナだ。

 ……よし、行くぞ!


「おはよう!」


「わあ!」


 まずはデカい声でそう挨拶すると、アイナは飛び上がって目にも留まらぬ早さで木刀を構えた。

 俺ってデカい声で挨拶しただけで飛び上がって木刀を向けられるんだ。


「おはよう!!」


 しかしめげずにもう一度デカい声を出す。アイナは木刀を油断なく構えながらも、


「お……はよう」


「よしッ」


「…………なんなの?」


 なんなの、と訊かれたので説明しよう。

 俺が昨日、寝る前に立てた作戦はこうである。


 ――まず第一に、今の俺はアイナに嫌われている。


 なぜかというと、俺がセロくんを嘲笑しまくって差別とかするクソ野郎だからだ。

 アイナの人としての感性はすごぶる正しいのだが、それでは困る。まずは彼女の心の扉を開かなければ、セロくんに打ち勝とうとはしてくれないだろう。


 ゆえに、少しでも好感度を上げるため爽やかなスポーツマンというキャラでいく。

 ……現状、人の言葉を話す化け物を見るかのような目を向けられている気がしないでもないが、挨拶を返してくれただけで良しとしよう。

 

「一緒に走っても、いいかな?」


「……え、いいけど……」


「ありがとう! 頑張ってついていくようにするからな、俺に合わせなくていいからな!」


「それはいいんだけど…………なんかキャラ違くない?」


「よしッ」


「……あと、そのさっきから挟まる“よしッ”はなに?」


 なに、と訊かれたので説明しよう!


 そう、俺は今回、バラすつもりでいるのだ。

 奴隷持ちの俺が学園に入学したら、主人公キャラセロくんに絡む“やられ役”になりました……という趣旨のことを。


 つまり、アイナがいま抱いた「キャラが違う」という違和感……これがのちのち非常に重要なポイントになるのだ。伏線なのだ。


「ふう……まさか、本当にあたしに着いてこられるなんて……。

 アルター、いつの間にか体力ついたね。……てかまず、そんなに筋肉ついてたっけ?」


 ランニングを終え、感心したように俺をまじまじと見るアイナ。

 狙い通り、俺に対する好感度が多少上がったようだ。水曜早朝この時点にしては、アイナの口数も多い。あの筋トレの日々も決して無駄ではなかったというわけだ。


「はあ、はあ……そうかい?

 俺なんて、アイナに比べればまだまださ」


「……なんかずっと口調がキモいのはなんなの?」


「…………」


 心をがっつり掴めたようなので、いよいよ本題に入る。


「実は……」


 アルター=ダークフォルトは奴隷ルネリアを従え、力のままに振る舞う差別主義者である……。

  ……という設定を学園長によって押しつけられた俺は、泣く泣くセロくんに絡み、泣く泣くメンヘラ奴隷を従え、学園生活を送ることになるのでした……。

 

 ……という事実を涙ながらに語り、


「――というわけで、俺は今日セロくんに勝とうと思う。アイナ、協力してくれ」


 と、頭を下げて言葉を結んだ。


 頼む……。

 これでなんとか……なんとかなってくれ……!


「やだ」


 やだってさ。


「そっか、やだかあ……。いちおう、理由を訊いてもいいか?」


「だってその話が本当だとしたら……ぜったい勝っちゃだめじゃん。

 だから、やだ」


「やだかあ…………」


「そ、そんな泣きそうな顔してもだめだから」


「いや、そこをなんとか……アイナ……たのむ……」


「…………や、やめて」


 アイナが目を逸らす。


 効いてる……。

 やはりこいつには泣き落としが効くぞ! なんだかんだ良い奴属性なのが貴様の弱点よ……!


「お願い……お願いします……」


「…………」


「俺……アンブレラの言いなりになるの悔しいよ……これ以上は……イヤだよ……」


「…………う」


「……お願い、頼む……アイナちゃん……」


「“ちゃん”はほんとにやめて」


「わ、分かった。

 ……とにかく、勝ったあとに全部の事情を観客に説明する。

 ただ俺は、本当にアンブレラの鼻を明かしたいだけなんだ……!」

 

 そういうことにしておくと、不承不承といった感じで、


「……わかった。

 そういうことなら、じゃあ…………やってみる」

 

 と、アイナは頷いてくれた。

 

 よし! と心の中でガッツポーズする。

 思ったよりも苦労はしたが……これで、セロくんに勝てる!


 悪いなソフィア。まだ犯人が誰かは分かってねえが……。

 今回でこのくそったれなループも終わっちまうかもな! ハハハ!!

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