薬は用法用量を守って。
負けた。
普通に。
負けた。
……負けた、のか?
負けた、んだよな。
「…………なんでだ?」
地面にひっくり返って空を見上げ、ループが始まり、ルネリアの「おおむねよろしいかと」を聞きながら、俺はずっとそのことを考えていた。
…………どうして負けたんだ?
信じられない。
ショックで思考が延々と同じ場所をぐるぐる回る。
それだけ、アイナの腕を信じ切っていたからだ。
……決して、手は抜いていなかったはずだ。
それは間違いない。何度も彼女の剣を強制模倣してきたから、俺には分かる。
あれは、本気だった。
むしろ今まで手を抜きすぎだろ、と思えるほどだった。
これまでやったことのないステップとか、バク宙とかさせられたし。
あと俺の気のせいじゃなければ二段ジャンプとかもやってたぞ。どういう原理だったんだあれは。
なのに、どうして。
「……どうして、負けたんだ……?」
……可能性はいろいろ考えられる。
まずはやはり、距離の離れた他人の身体を操って剣をいなし、当てる難易度の高さだろう。
むしろ、アイナがその条件下でここまで打ち合えたのが驚嘆に値する。
しかもこの状態での対人戦はぶっつけ本番だ。……なんでこんな逸材が魔術学園とかいうインドア集団の中にいるわけ……?
さておき。
そんなわけで次のループでは、その弱点を補うために俺の隣にピッタリついて操ってもらおうとしたのだが……審判に止めてしまった。
「部外者の立ち入り禁止はダメだよ」とのこと。
……そりゃそうだ。俺だってセロくんが「なにもしないから! 隣で素振りとかしてるだけだから!」って言って女連れてきたら文句言うよ。
「じゃあ2on2にしようぜ!」みたいなことを言ってみたものの、通らずループ。
……こうなったら、アイナに俺の変装をして代わりに戦ってもらうしかねえ……!
本気でそんなことも検討したが、さすがのアイナもそれはどうやっても呑んでくれなかった。
「意味わかんない」
「嫌すぎ」
「そもそも無理でしょ」
「な、泣いてもだめだから」
……たぶん、こればかりは何度ループを繰り返しても無理だろうな。
我ながら無茶苦茶なことを言っている自覚はあるし、うまいこと説得できる気がしない。
「そう……ですね。おおむね、よろしいかと」
……では、“薬”を正しく使うのはどうだろう?
たしかこの“薬”、従来でも「相手と自分の動きを強制シンクロさせる」とかいう狂った効用を発揮するが、正しく服用すると、相手の身体を完全操作できるらしい。
代わりに、思考がフルでダダ漏れになるとかいうとんでもない副作用があるはずだが……背に腹は代えられない。
そう思って俺とアイナは“薬”を同時に噛み砕いたが……これには、予期せぬ副次効果があった。
「……あ、じゃあこの映像は……そういうことだったの?」
なんと、説明しようとしたことを思い浮かべただけで、情報が映像でダイレクトに伝わるのだ!
すげえ! これなんかもうちょっと頑張ったらもっと有効活用できるんじゃないの? 代わりに身体を好き放題されるけど……。
ともあれ、ぶっちゃけ毎回「奴隷持ちの俺が学園に入学したら~」と長々説明するのは面倒だったのでこれは大いに助かった。
それになによりも、説得力が段違いである。アイナから疑いの目を向けられることがほぼなくなったのだ。
「……えー。このようにですね、呼び出されまして……あ、今渡されたのが脚本と設定資料集ですね。
それから演技指導の日々……は倍速にしますけど、あ、で、ここで俺の戦闘能力の低さに言及がありまして、はい、食堂でルネリアが俺に水をかけている、というところでアイナが登場して――」
脳内で流している映像に解説を入れつつ、うまいことテロップとかも出せればもっと楽できるんだが……とぼんやり思っていたそのとき、俺は閃いた。
この方法だったら、ループしてることも伝えられるんじゃないか……!? と。
まさかこのときのためにアンブレラはこんな劇物を用意してくれたのか……!? と。
……まあ。
そんなわけもなく。
結論から言えば、いかに脳内に直接語りかけても“順応”でねじ曲げられてしまうらしく、
「……サンドウィッチの映像が見えてるけど、これなに?」
とのことだった。
……そうなるんじゃないかと予想はしてたけど、アンブレラにはがっかりだよ。
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