王様の棲む門。銀髪の奴隷と牛(水産)。


「ルネちゃんのことだけど」


 薬が切れたのを見計らってから、アンブレラが切り出した。

 どうやら監視だけでなく、なにかしらのミッションを課しに来たようだ。

 ……あまり良い予感はしない。


「今日の外出のことは、アルターくん知ってるよね」


「……ええ」


 例の、ルネリアがセロくんとワルダーくんと街に行くやつのことだ。

 むしろなぜアンタがそれを知っているんだ、という感じだが、セロくんに関することだしルネリアが報告したのだろう。


「で、それが?」


「こっそりついて行ってほしいの」


「…………」


 …………なんで?


「アイナちゃんと二人で」


 ………………本当になんで?


「万が一に備えて、だよ。

 ルネちゃんに何かあったら、アルターくんだって困るでしょ。街にはいろんな人がいるし、トラブルなんか日常茶飯事だしねえ。奴隷っていうのは、難しい立場なんだよ?」

 

 まあそうだけど……。

 なにかを隠してる感じがするんだよな。いまに始まったことじゃないが、なんか胡散臭い。


 そもそもあいつ、一人で勝手に冒険者とかやってたんだよ? 絶対大丈夫でしょ。


「……あたしも一緒に行くんですか? なんで?」


 当然の疑問に、アイナが切り込んだ。


「それは……ほら、ワルダーくんは、ちょっと暴走しがちなところがあるからねえ。

 ヒートアップしちゃったとき、アイナちゃんがいれば安心なんだよ」


「その説明じゃぜんぜん分からないんですけど……。

 まず、ワルダーってだれ?」


「ワルダーは……ワルダー=イービルジーニアスはそんな奴じゃないッ」


「いや、だから誰なの?」


「自分の生徒を……ワルダー=イービルジーニアスを疑うんですかッ! 学園長ッ!」


「う、うん。ほら、万が一だよ、万が一に備えて、ね?」


「アルターはなんでそんなに肩を持つの? ワルダーっていったい何者なの?」



***



 バカでかいと言わざるを得ない規模の時計の針が、カチリと音を立てて動く。


 ――十時半、オルド魔術学園正門前。

 

 下手すりゃ王でも住んでるんじゃないかと思うほど荘厳な石造りの門前には、かなりの人影があった。

 これから街へ繰り出すのだろう、学園内の寮生と待ち合わせしている生徒とおぼしき者たちや、怪しげな露店の準備をしている業者(たぶん無許可)、そして観光ツアーの団体客っぽいのまでが雑多にたむろしている。


「はい、門はくぐらないようにしてくださいねー! 入っちゃ駄目ですよー!

 あのアンブレラ=ハートダガーと敵対することを意味しますからね! ここで魔法も使っちゃだめ! 我が社は責任取れませんよー! どうしても入りたかったら、入学手続きしてくださーい!」

 

 観光客に注意を呼びかけるツアーガイドの声。「入学しちゃおうかしら」と冗談めかす老婦に、中高齢者特有の浅すぎるツボによる爆笑が起きる。


 雑然とした人の群れ――。


 ――その一角に、小さなざわめきが起きた。

 

「――なあ、あの子……」

「ああ……」

 

 耳打ちが耳打ちを呼び、視線が視線を呼ぶ。


 衆目の先にあるのは、否が応でも目を引く銀髪の少女だった。

 目立たないようにと選んだはずの黒い襟付きのワンピースが、自然とその髪色をより引き立たせている。


「あらあ、別嬪さんだねえ」


 観光ツアーに参加しているおばちゃんが、そんな感想をのほほんと漏らす。

 周囲の意見を集約すると、だいたいその一言に尽きるだろう。


 しかし、当の本人はそんな周りの様子を意に介していない様子で門戸の外に踏み出していく。


「なあ……よく見りゃ首元のあれ、奴隷ってことか?」

「そういや、ダークフォルト家の息子が奴隷を連れ込んでるって聞いたことがあるが」

「あんな綺麗な子を好き放題って……羨ましすぎだろ」


 俺の近くにいる男子集団がだいぶ好き勝手言っている。

 。まあそれはいいんだが、


「……そうなの? 最低」


 俺の近くで門にもたれかかっている少女までもが、俺を軽蔑した目で見てきやがる。

 言い返そうとそちらを見返すと、牛が「水産!」と言いながら両足を天に挙げていた。


 …………。

 急に謎の描写をして混乱させてしまったかもしれないが、俺だって混乱したので許して欲しい。


 まさかアイナ=リヴィエットの私服が、こんなダサいなんて……。

 

 ……こんなダサいTシャツをまじまじと眺めたくないが、嫌でも目が吸い寄せられてしまう。なんだよこのシャツ。これから街に行くんだぞ。小学生だって羞恥心で外出を控えるレベルだろ。


 しかも袖口にカラフルな刺繍が入ってる。ダサすぎて段々腹が立ってきちゃったな。母親とかがワゴンセールとかで適当に買ってくる質感なんだよこれ。頼むから思春期前に処分してくれ。


「…………」


 その上、よく見たらプリントされた牛が絶妙に謎めいた表情をしているのが気になってきた。「水産!」と主張するに至る複雑な背景がありそう。辛いこととかあったのかな。お前は陸産だよ、って優しく囁いて抱きしめてあげたいよ。


 そりゃ、俺だってできれば「金色の格子線がうっすら入った白いワイシャツ。動きやすさ重視っぽいショートパンツからは、さすがに寒いのか黒いタイツに包まれた脚を覗かせている。見慣れぬ私服姿のアイナ=リヴィエットだった」

 

 ……とかそういう描写がしたいんだが、アイナの私服がダサいという現実だけがここにあるので出来ない。


 他人に興味がないというロールプレイをしていなければ、このシャツを買った店を聞き出したいくらいだった。落ち込んだ時とか着て、何もかもどうでも良くなりたい。ルネリアとかにあげたりもしたい。


「…………な、なに?」


 じっと見ていたせいか、嫌そうな顔でさり気なく胸元を左腕でガードし始めた。

 眼鏡越しに、上目遣いがぶつかる。


 ……いや、おっぱいなんかより隠すものがあるだろ。

 その下の牛を隠せ、牛を。


「…………アルターって、やっぱり性欲強いの?」


 やっぱりってなんだよ。

 っていうか何の話だったっけ?

 服がダサいせいであまり聞いていなかったが……あれか、ルネリアの身体を好きにしてるんだろとかそういう話か。

 馬鹿らしい。


「フン……馬鹿を言うな。

 奴にも、お前の身体にも興味はない」


「あー、はいはい」


「はいはい、ではないッ」


 あと、服がダサい。


「あ、いやほんと、分かってる、分かってるから。

 変なこと言ってごめん」


「…………」


 諦めて黙る。どうせ否定しても無駄である。服もダサいし。

 どうにもこいつの中で俺は、「奴隷に恋心を抱いているが、それをひた隠す奥手な奴」になっているっぽいのだ。むしろ否定すればするほど怪しいフェイズに入っている。詰んでいた。


 本音としては「ルネリア様の身体を好きになど……恐れ多きことですよ……」と力一杯主張したいところだったが、それよりもやるべきことがある。

 尾行だ。


「気づかれてない……んだよね」


「……たぶんな」


 まあ実際、ルネリアのスペックを考えれば尾行自体には気づかれているかもしれない。

 だが、その下手人がアルター=ダークフォルトとアイナ=リヴィエットであるとは分からないはずだ。

 せいぜい「アルくんみたいな顔つきの人と、変なシャツの女の子が着いてきてるなー」という認識だろう。

 

 そう言い切れる訳は、アンブレラが俺たちに渡してきたこの黒縁の眼鏡にある。


 どうやら認識阻害の一種を引き起こす魔導具、らしい。

 認識阻害とは言っても透明になったりできるわけではないが、眼鏡をかけている人物への認識をねじ曲げ、別人のように思わせる効果がある、とのこと。


 例によってアンブレラ製らしいのでかなり警戒していたが、これは文句なしに素晴らしい発明と言えた。

 さっきのように人混みにいても、闇のダークフォルト家の子息として怯えられたり後ろ指をさされることがない。俺の人生においてはかなり希有な体験である。

 結構本気で欲しいのだが、「尾行が終わったら絶対、絶対返してね」と念押しされてしまった。まあ、無限に悪用できそうな性能だし致し方ない。


 ……いや、んなこと言ったら例の薬はどうなるんだ。

 アンブレラの倫理観は、やはりどこかおかしいと俺は思う。

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