アイナとメンヘラのインコ。
今日から明日まで、学園は休みだ。
心なしか、普段よりも寮の敷地内も静かな気がする。
遅い起床を決め込む者が多いのか、前日から街に繰り出してまだ帰ってきていない者もいるのかもしれない。
果たして休みの日までアイナは特訓をする気があるのだろうか……と、あまり期待せずにいつもの場所に行ってみると、ジョギングしている軽装の少女がそこにいた。
いや……あれはジョギング、と言っていいのだろうか。フォームこそ軽そうに見えるが、スピードが異常だ。俺の全力疾走よりもはるかに速い。
……というかよく見たら高速で縄跳びもしている。全然ジョギングじゃなかった。なんだあれ。側転とかもしだした。本当になんなんだあれは。
演じるべきキャラも忘れて拍手しそうになったそのとき、アイナの目が俺を捉えた。息を整えながら歩いて近づいてくる。
「ふー……来たんだ」
「……ああ。アイナもな」
「あたしは自分の鍛錬もあるから。いま準備運動してたところ」
信じられないが、あれはアップのつもりだったらしい。
どんな世界観で生きてんだ。こいつに曲芸とか見せても「それでいつ凄いのが始まるの?」とか言って曲芸師を泣かせたりするんだろうな。
「それじゃ、その…………やる?」
「フン。
そうでなければわざわざここに来ない」
…………このキャラ、朝から疲れるなあ。
「ふうん。
アルターがそれでいいなら良いけど」
良いけど……と言うわりには気が引けてそうだ。
いかにいけ好かない奴の心とはいえ、他人の中に勝手に踏み込むのだから、まあ正常な感覚だろう。その倫理観、少しはアンブレラに分けてやってほしい。
「てかさ……ここまでして、何と戦うつもりなの?」
分かってはいたが、それにしてもアンブレラはアイナに何も話してなさ過ぎる。よく引き受けたな。
まあ、それだけメリットのある交換条件を出されたんだろうが。
「なにと、か」
ここで「セロ=ウィンドライツだ」と言ったところでなんのこっちゃって感じだろ。
やっぱりどう考えても、アイナには全ての事情を包み隠さず話した方が良いに決まってる。
……とは思うものの、いざ自分の言葉で説明しようとすると難しいのも確かだ。今となってはもはや信じてもらえるかどうかは、かなり微妙である。せめてアンブレラがネタばらししてくれないとな……。
なので、俺は薬の瓶を突きつける。
「……答えは、自分で掴め」
「いや、べつに普通に教えてくれればいいんだけど」
なんだかんだ言いつつ、昨日と同じように服用してもらう。
アイナは噛み、俺は飲み込む。間違った服用法らしいが、アンブレラの指示通りだ。
効果はすぐに出た。
活力が上がるというか、身体能力が底上げされるような感覚。
眼力を込めて念じる。
アイナよ……アイナ=リヴィエットよ……。
この声が聞こえていたら左手を挙げなさい……。
「……それ、鬱陶しいからやめて」
嫌がられた。
「フン……俺だって好きで聞かせているわけではないからな。
そもそも、どういう風に聞こえているんだ」
「アイナァ……アイナァ……ヒダリテアケッ゙…………みたいな」
「なんだその声は」
急にインコの悪霊に祟られたのかと思った。
「いや、ほんとにこんな感じなんだってば。
聞くだけでめっちゃ頭痛くなる音してる」
「…………」
そうなのか?
「ソウナノカッ」
……どうやらそうらしい。
しかし、たとえインコボイスでも俺のやることは変わらない。
アイナには悪いが、聞こえているのならそれを利用するまでだ……!
「アイナッ! ワルイッ! リヨウッ!」
最悪の聞こえ方してない?
が、諦めずにメッセージを伝える。
聞いてくれ!
俺は……アンブレラに言われ、嫌な感じのキャラを演じるように言われてるんだ!
俺もお前と同じく、アンブレラに協力しているだけだ! 全部アンブレラが悪いんだ!
どうか……どうか、伝わってくれ!
「アンブ!! アンブ!!!! クレッ!!!!!」
…………最悪だろ。
伝えたい部分だけが抜け落ちちゃってるじゃねえかよ。
というか、
「そんな調子で、よくもオレがルネリアを好きなどと言えたものだなァ!」
「あ、あのときはだって、ずっと『ルネリァ……ルネリァ……ァァ……チガウンダヨォ……』って!」
「切ない声を出すなッ!」
「そう聞こえたんだから仕方ないでしょ!」
なぜそんな風に……と頭を抱えたくなる一方で、だとしたらそりゃ、あんな気まずそうな顔もするわなという納得感もある。
もういっそ、この薬の正しい服用方法――二人同時に噛み砕く――をしようかとも考えたが、意のままに動く操り人形にされるのは流石に怖すぎた。そこまでの信頼感はこいつにない。
……まあ、悪い奴じゃないとは思うがね。
「…………」
急に沈黙が落ち、どうしたのか顔を見ると、なぜかアイナは難しい顔をしていた。
……今しがた考えた「シンライカンナイッ」とか「ワルイヤツ」などが聞こえたのかもしれない。不便すぎる。
いちおう言い訳しておくかどうか一瞬逡巡したそのとき、
「…………そこだッ!!」
「ぎゃわ!!」
アイナが木刀をノールックでどこかに投げつけ、連動した俺の腕も超高速で動いた。
その感覚がキモすぎて悲鳴をあげそうになったが、実際に悲鳴をあげたのは俺ではない。
アイナが投げた木刀が、鋭利な風切り音を立てながら真っ直ぐに茂みへ突き刺さる――――。
――その前に、ぴたりと空中で静止していた。
「ひええ……。
まったく、これだから剣士ってやつはさあ……」
その声とともに、何もないはずの空間からまず木刀を掴んだ手が出現した。
少なくとも、俺にはそう見えた。
なんだあれ――と瞬きをすると、まるで初めからそこにいたかのようにアンブレラが立っていた。
アイナの方に歩いてきつつ、苦笑いを浮かべている。
「なんで分かったの?」
「なんとなく……視線みたいのを感じたので。
あ、えと。すみません、学園長だとは思ってなくて」
「あー、いいよいいよ。
しかし、結構高度な認識阻害をかけたのに……それを本能で看破されちゃ、たまったもんじゃないよ。ねえ?」
ねえ、と言われても。
アイナの超本能より、アンブレラが認識阻害なんてものをかけてここにいる事の方が気になるが――。
……あ。
もしかして。
「や、やだなあ。監視じゃないよ。ただちょっと様子を見に来ただけだよ。ほんとなんだよ」
アンブレラは木刀をアイナに手渡しながら、まだ何も言っていないのにペラペラ言い訳を始めた。
たぶん俺がアイナに余計なことを言わないかどうかを、姿を隠して確かめていたんじゃないだろうか。絶対そうだ。
そんなに信頼ないのか? ……まあ、実際どうにかしてバラそうとはしていたから、辛くも悲しくもないんだが。
ここは逆に不服そうな感じを出しておくことにする。
「…………」
「ご、ごめんて……。無言で訴えかけてくるのやめてよ……。
アイナちゃん、翻訳してくれる……?」
「えーっと。
シンライナイ……ツラ……カナシイ……フフク……」
「……メンヘラのインコ?」
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