サンドウィッチ・マン
「さて、ここが目的の飯屋だ。好きなものを頼むがいい。
ルネリア、君はどうする?」
「……申し訳ございません。
寡聞にして、一体何が食べられる場所なのかが分からず……」
「そうか、ダークフォルトは君にあまり良いものを食べさせていないんだな。僕のところに来れば毎日、余り物程度でも格段に良いものを提供できるよ。ハレの日にはケーキもつけてあげよう」
「はいはい、勧誘はそこまで。ルネリア困ってるから。
……ていうかここ、普通の屋台じゃない? なんか話と違う気がするのだけど……」
「なんだい、ロミリア嬢。普通の屋台は飯屋ではないと言いたいのかな? ――ああ、見たまえ。貴女のその言葉で、店主も不服そうな顔をしているよ。気をつけたほうがいい」
「いや、注文を待ってんだよね。普通の屋台なのは否定しようがないから」
店主と思しき男が頭をかくと、軽薄そうな男が慇懃無礼に腰を折った。
「ありがとうございます」
「なんかお礼言われちゃった」
「店主の優しさに救われたようだね、ロミリア嬢。君も、かくも優しき店主に礼を伝えるといい。ときには辺境貴族という自分の立場を忘れ、平民に素直に感謝するというのも大事なのではないかな?」
「…………ねえセロ、この人とんでもなく面倒なのだけど」
「――ここが、屋台か……」
「いや、絶対そんな感動するところでもないと思うわ。なにせ本当に普通の屋台だから」
「あのー、注文、まだかかるのかな?」
「まず、私もここで何が食べられるのか本当に分からないのよ」
「君たちなんでここに来たの?」
……ここで俺たちが尾行している、このような聞くだけで疲れてくるやり取りをしているイカれたメンバーを紹介しておきたい。
「では……おすすめなどがございましたらそれを」
「はいよっ。ローストしたポークと野菜を柔らかいパンの上に載せて味付けしたやつね!」
「ながっ! それ、料理名ないの?」
「ないんだよな、家庭料理だから。
……めちゃでかブルスケッタとか?」
「売れないからやめておいたほうが良いわよ」
まずは、ご存じルネリアだ。
「悪名高いアルター=ダークフォルト様に仕える哀れな奴隷でござます……」みたいな顔をして集団の半歩後方にいるが、その実、けっこう好き放題振る舞っている破戒奴隷である。
……などと主張しても「好き放題とは言っても世話とかさせてるじゃん?」と言われるかもしれないが、これは以前逆に「俺の世話をすることを禁ず」ってやったら体調崩して高熱とか出されたからであり、それ以来勝手にして頂いております。つまり、好きで俺の世話をしている奇人ということにはなる。
……だが、だからといって自分の正当性をアピールするつもりはない。
俺が彼女に世話になっているのは確かだし、彼女が俺の奴隷であることも事実だ。もちろん当方には、解放しろとルネリアに求められれば即座に応じる用意がある。いつでも言ってくれよな。
「じゃあ、僕は……うーん、どうしようかな。
楽しみで昨日の昼から何も食べてないから、どれも美味しそうだ」
「うちの食いもんにそんなバリューはないんだよな」
「そうなの? 硬すぎなかったり、ちょっとしか腐ってないものなら何でもいいんだけどなあ」
「ちょっと待ってよ、流石にそれ以上のバリューはあるよ」
次に、セロ=ウィンドライツ。
彼は元・国の暗部組織勤務の少年らしい。
体つきは華奢だが中性的な顔つきをしており、男らしさは皆無だが魅力があって……なんらかの主人公か? と思うほど盛りすぎな設定だ。直視するとちょっと恥ずかしくなってくる感すらある。
「では店主、僕はいつものやつをお願いしよう」
「ごめん、常連みたいな雰囲気出してるけどアンタに覚えがないんだよなあ……」
「なん…………だって? こっちはもう二回も通っているんだぞ!」
「三回目でやっていい主張じゃないんだよ」
そして、我らがワルダー=イービルジーニアス。
まず、性格が悪い。
そもそも、名前が悪そう。
ビジュアルはそこそこ良いが、それが逆に小物感を醸し出している……そんな、愛すべきナチュラルボーン悪役候補なのだ。俺のような養殖物とは格が違う。こんな“本物”がいるというのに、アンブレラも見る目がない。
「私は……この子と同じものをお願い」
「あいよっ。ローストしたポークと野菜を柔らかいパンで挟んで味付けしたやつね!」
「あのね、絶対何か料理名をつけた方がいいわよ」
さて。
当初はこの三人の予定だったはずだが、蓋を開けてみればそこにひとりの少女が更に加わっていた。
その追加キャラの名は、ロミリア=クレスト――。
例のセロくんと親交を深めているという、赤毛の少女である。
元々、ロミリア嬢がセロくんに街の案内をしようと思っていたらしい。
が、婚前の身で異性と二人きりというのはちょっと……という今時珍しい厳格さで流れそうになったところに、セロくんとワルダーくんとの一件があり今に至るようだ。
……集合してからここまでツッコミ役に終始しているせいか、その顔には疲れのようなものが見え始めていた。そりゃ、このメンバーだったらそうなるだろうよ。
「あ、おいしい。
美味しいけど…………落ちる! 具材が! すごく落ちていくのだけど!」
「ハハッ……まったく、こうなってしまえば貴族も形無しだね。
優雅に振る舞うためなら、不合理さえも呑む――それが貴族の美学じゃないんだっけ?」
ワルダーくんがあざ笑う。
その手に持ったパンから、鮮やかな色の野菜などがボタボタと落ちていっている。
「いや、アンタもめちゃくちゃ零してんじゃないのよ! ほとんどソースとパンしか食べてないんじゃないの!?」
「これが楽しいんだよね」
「ええ……最低の感性ね……」
「それに、僕は貴族じゃないからねえ。作法なんて知ったことではないのさ」
「作法とかそれ以前の問題だからね?」
「……ふう、ごちそうさまでした」
言い争いの最中、そう口の端を拭うのはセロくんである。
その場にいる誰もが思わず彼の足下を見たが、全く汚れていない。
「いくらなんでも速すぎるだろう……」
ワルダーくんでさえも真顔で引いていた。
「それに、綺麗すぎるわよ……。どうやって食べたの?」
「? 丸呑みしたよ?」
「……………………」
「あ、あれ……? そういう想定の食べ物なんだよね? 違うの?」
「そんなわけがないでしょ」
「だがなあ、たしかに綺麗に食べるには丸呑みしか方法がないっていうのは問題だよなあ」
「アンタは店主なのにいま問題点に気がついたの?」
「やっぱり、一〇〇パーセントで味わってほしいよなあ……お客さんをお腹いっぱいにしてやりたいんだ」
「それだけの想いがありながら? いま問題点に気がついたの?」
「まあそう責めるな、ロミリア嬢。ここはこの抜けている店主殿に代わり、僕たちが良い案を出してあげようじゃないか。
どうだろう。なにか思いつくか、ルネリア?」
「丸投げするの早くない?」
「…………僭越ながら、具材をパンで挟むなどしてはいかがでしょうか」
「パンで、挟む……?
そ、そうか! そうすれば具材はちょっとしか落ちない……!」
「ていうか、まあ食べづらいのもそうだけど……名前をちゃんと決めたほうがいいわよ絶対に」
「ならここは俺の名前である“パニーニ=サンドウィッチ”からとって……サンドウィッチにしよう!」
「――これが、サンドウィッチか……」
「ちょっと待って、セロの順応が早すぎるわ」
――ずずず、とストローが容器に残った液体を吸い上げた。
移動式の屋台が軒並みを連ねている大通りは、昼時ということもあってかなりの活気がある。その外れのほう――つまりあまり人気がなさそうな薄汚れた屋台群のすぐ近くに、俺たちはいた。
本当は焼きそばとか美味そうな肉串とかを食べたかったが、ワルダーくん一行がそれらをスルーしてここまで来ちゃったので仕方がない。
取り急ぎ飲み物だけ買って、彼らと目と鼻の先で啜るばかりだ。
「……楽しそうだね」
「フン、そうだな」
「…………お腹、空いたね」
「……フン、そうだな」
……俺たちは一体なにをやっているのだろう。
かれこれ一時間、彼らの会話に聞き耳を立てるの時間が流れていた。
アンブレラは一体なにを危惧していたんだ?
少々――いや、だいぶ心配性すぎるのではないだろうか。当然だが、突然人さらいなどが現れる様子もなく、強盗や殺人に出くわしそうな気配もない。
こうなったらいっそワルダーくんに暴走などしてほしいところだったが、奴は常に嫌味であること以外はわりと常識人っぽかった。せめて型破りであれよ。それじゃただの性格の悪い奴みたいになっちゃうだろ!
……まあ、俺はなんだかんだでセロくんやワルダーくんのことを知る良い機会に恵まれたといえるが、アイナはこのまま何のイベントも起きないと、本当にただ付き合わされただけで可哀想ではある。服もダサいし。
あまり興味のない集団を追い回し、「フン」と鼻で嗤うことしかしない目つきの悪い男と街をまわる休日。
…………控えめに言って最悪だった。俺が逆の立場だったらもうキレて帰路についている。よく付き合ってるな。
「あれ、行かないの?」
「フン、すぐに追いつく。先に行ってろ」
「……帰ったりしないでよ」
「いいから、いけ」
俺はワルダー一行が去った屋台に近づき、注文する。
「あの、サンドウィッチふたつください」
「…………早くも浸透してる!」
店主が仰天していた。
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