勘違いと勘違い


「――え? アイナちゃんは噛み砕いて、アルターくんは呑み込んだの?」


「となると二人が交わした契約内容も変わってくることになるし、効果は出ないんじゃ……。

 ……ん? 動きが同じになった? は? ちょっと待って?」


「別にそんな効果じゃないんだけど……なにそれ怖い……」


「え? そりゃ、本来は相手を動かす薬だよ? そうじゃなきゃ不便だし。

 ……いやでも、そうか、だけが残って“不完全な契約”になったとすると」


「思考は読まれなかった……。

 というよりそのしか流れていかなかったんじゃないかなあ」


「よし!

 だったら、アルターくんは引き続きアイナちゃんの前でも闇の“アルター=ダークフォルト”を演じて!」


 ……こうして思い返してみても「だったら」がさっぱり繋がっていなくて首を傾げたくなるが、ともかくそういうことになってしまった。


 アイナにも事情を話してこちら側に引き込んだほうがやりやすくないか、と至って真っ当な進言もしてみたが、渋い顔をするばかりだった。避けられるならできるだけ避けたいらしい。なんでだよ。

 すでにバレてる可能性が高いし、思考の一部でも読まれるなら無駄だと思うがねえ……。


 そしてなおかつ、引き続き「間違った」服用をしろとのこと。

 それはまあ、進んで思考をフルで垂れ流したくないから良いのだが。


「なんか変な副作用出たりしません?」


 という俺の問いに、アンブレラはついぞ答えなかった。目とかも逸らしていた。

 ……なあ、薬はもっと臨床を重ねてから処方してくれないか? 人の心ないのか?

 力を持つ者には幼少期とかから倫理を学ばせるべきだと、俺は強く思った。参政権があれば教育改革のスローガンを掲げて出馬していたかもしれない。

 

 二度とアンブレラのような怪物を生みださない公約を考えながら寮へと向かう道を歩いていると、


「あ」


 という、ややわざとらしい声が聞こえてきた。木陰に設置されたベンチに、アイナが座っている。


「なにか用か」


「…………聞いてきた?」


 自分の伸ばした足のつま先などを見ている。気まずさがにじみ出ていた。

 そりゃ気まずいよな……と思う反面、どこまで事情を知ったのが気になる。

 アンブレラの要請を破ることにはなるが、演技しなくて済むならその方がいいに決まっていた。


「どこまで知った?」


 どうにか全てを知ってくれ、という願いを込めて逆に聞く。


 果たして――アイナは唇に力を入れ、目をぎゅっと瞑った。乳児が激しく酸っぱいものを食わされたような顔だ。


 これは……どういう表情なんだ? さっぱり分からんが、なんか申し訳なさそうなのは伝わってくる。……まあ、悪いのはアンブレラと老人とは言え、勝手に思考を読めてしまったら申し訳ない気持ちにもなるか。


「…………ごめん」


 …………いや、だからってここまで悲痛な声を出すか?

 やっぱり何かおかしい気がする。


「なにを知った。言え!」


 殺しの現場を見られた人みたいになってしまった。周りに人目がなくて良かった。


「……アルターの」


 のろのろとアイナが口を開く。


「俺の?」


「…………ル、ルネリアさんへの……」


 たっぷり十秒ほどかかって次の単語が排出される。後期高齢者の咀嚼速度よりも遅い。


「き、き……気持ち? を……」

 

 アイナは口をつぐんだ。

 これで全文らしい。繋げてみよう。


 “アルターの、ルネリアへの、気持ちを”

 

 …………。

 …………俺のルネリアへの気持ちを?


「知った、と?」


「知った…………」


 促したらもう一単語出てきた。

 

 “アルターの、ルネリアへの、気持ちを、知った”

 

 ということらしい。


「…………」


「………………」


 よく見るとアイナの耳などが赤い。

 こ、こいつ……照れてやがる……!


「おい、どういう勘違いなんだ」


「……うん、分かってる。ごめん」


 元気のないひまわりみたいな萎れ具合である。


「いや! お前は分かってないッ」


「わ、分かってるってば! 言いふらしたりしないから!」


「やっぱり分かってねえじゃねえか!」 

 

 思い返せば、確かに薬を飲んだあのとき考えていたのはルネリアのことだったが……!

 失望されたかなあ? とか考えていたが!

 そういうんじゃないんだからね!


「……いいか、よく聞け」


 俺は深呼吸し、アイナと無理矢理目を合わせる。


「俺はルネリアのこと、ぜんぜん好きなんかじゃないんだから」


「…………そ、だね」


 アイナの目が泳いでいく。

 

 …………さすがに今のは俺の言い方が悪かったよな。もう一回チャンスをくれ。


「………………別に、なんとも、思っていたりなど、しないんだ」


 くそッ、どう言いつくろっても“ある”感じになっちまう……!


「分かってる! 大丈夫!

 ……その、あたしは、身分の差があっても全然いいとおもうし」


「妄想を広げるなッ」


「応援とかもするから!」


「せんでいいッ」


 ……どうにかして誤解を解きたいところだったが、ちらほらと生徒の姿が見えてきたので敗走するしかなかった。


 ルネリアといいアイナといい、誤解に誤解が重なっていてややこしくなってきた。

 これ以上、誤解が加速しないといいんだが……。

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