仮契約のアイナ=リヴィエット


「おー、やるじゃん!

 あの人からそんなに例の薬を早く渡されるなんてねえ。アルターくんは優秀だねえ。大したものだねえ」

 

 ルネリアが用意してくれた朝食を食べ、二度寝の誘惑に打ち勝って学園長室を訪れる。

 と、初っぱなから予期せぬ絶賛をされ、俺は鼻の下を掻いた。


「へへっ。そうっすかねえ?」


 まあ、あまり優秀かどうかは関係なかった気もするが。

 ……しかし、アンブレラはいつ学園長室に行ってもいるな。もはやここに住んでいるか、備え付けの家具に近い存在なんじゃないか?

 

「それにしても、アイナちゃんもビックリしてたでしょ」


 びっくりか。

 どうだったかな。していたような、そうでもないような。


「どうですかね。どっちかと言うと、操縦されてる側の俺の方がびっくりでしたけど」


「ん?」


 アンブレラはなぜか首を傾げ、


「へー、そうなんだ。

 ……え、そうなの? じゃあアイナちゃん、薄々気づいてたのかな……?」


 なぜか俺に胡乱げな目を向けてくる。と思いきや、


「……アルターくん、ボロが出てたんじゃない?」


「え?」


 ……なぜ急に演技力にケチをつけられる流れに?

 いっちょん意味が分からん。言いがかりである。


「……どういう意味ですか?」


「だって、驚いてなかったんでしょ?」


「まあ、見て取れるほどには別に……」


「ほらあ!」


 ほらあ! と指を指されても。


「どういう意味だって聞いてんでしょうが!」


「だから!

 アルターくんが普段演技してるってバレても驚いてなかったんでしょ!?」


「そ……はい!?!?!?

 バレたんですか!?!? なんで!?」

 

「そりゃそうでしょ!」


「そりゃそうなの!?!?

 なにがゆえに!?!?」


「だってあの薬飲んで、相手の心の中が読めたら演技してるんだなって分かるじゃん!」


「まあそれはそっか…………ココロノナカガヨメル!?!?!?!?」


 ぶん殴られたみたいな衝撃に、思わずよろめいた。

 脳裏に、妙に挙動不審になり、頭を下げてきたアイナの姿が蘇る。


『――学園長かおじいちゃんに話、ちゃんと聞いたほうがいいと思う。

 あー……薬の副作用、とか、ちゃんと』


 あ……あれってまさか……。


「そゆこと~~~!?」


 頭を抱えて悶えだした俺を、アンブレラは一転して哀れそうに見ている。


「……ちょっと待って。…………もしかして、知らなかったの?」


「知らないですねえ! なんの説明もなかったのでねえ!」


 ここだけはキレても良い場面だと判断し、自分の忌むべき顔面の恐怖値をマックスに割り振って威嚇する。

 アンブレラはさっと防御姿勢を取った。


「ご、ごめんて……。た、食べないで……」


「……食べないので、ちゃんと説明してくださいよ」


 曰く――。


 この薬は、アンブレラと“契約学”教師がかつて共同で作り上げたものである。

 単なる薬効ではなく、魔法薬の技術と“契約術”を用いたもので、「同食」によって二人の間に縁を結ぶ。

 錠剤を同時にことで契約を交わしたことになり、「支配する側」と「される側」に分かれることになる。

 そしてその際、「支配する側」には「される側」の思考が効果時間の中で常に流れ込むことになる……。


「…………そんなとんでもない薬を、何の説明もなく!?!?!?」


「わ、私はちゃんと説明してくださいねってお願いしたもん! 悪いのはあの人だもん!」


 もん! じゃねえ。


「……でもさ、アイナちゃんの反応がちょっと引っかかるなあ。

 なんか気まずそうだったんでしょ?」


「まあ……そんな感じでしたね」


 少なくとも、俺の二面性を知って驚いてる感じはなかったと思うが。

 

 アンブレラは俺を目を細くして見てきた。


「アルターくん…………エロいこととか考えてた?」


「ぶっとばすぞ」

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