その薬、劇薬につき。


「――では、失礼いたします。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」


 ルネリアが綺麗に一礼して去って行く。

 引き留めて事情を懇々と説明したいところだったが、“アルター=ダークフォルト”のキャラ的にアイナの前でそんなことができるはずもない。

 

 ……失望されただろうか。


 昨日あれだけ「美少女なんかにうつつを抜かさないんだから!」などと言っておいて……いや、別にうつつを抜かしたわけじゃないんだが、どう見えたかはまた別の問題だ。

 もちろん、ただあれだけで何か勘違いすると本気で思っているわけでもないのだが、それでも……。


「…………」


 ため息が出そうになる。


 ……ルネリアは奴隷であることをやめようとしない。

 それが変えられないのであれば……いつか自由になったそのとき、今まで俺に仕えたのもそこまで悪くなかったと思って欲しい。

 そのために俺は尊敬される………………のは無理だとして、せめて失望されたくないのだ。


 ……まあ、自分勝手な話だとは思う。

 彼女の人生を食い潰しているのを、どうにか正当化したいだけかもしれない。

 

 ぐりん、と首がにわかに横を向いた。

 アイナがこっちを向いたせいである。


 ……おい、もうちょっと感傷に浸らせてくれよ。

 不便すぎるだろこれ。


「あ、ごめん」


 目が合うと謝ってきた。再び視界が空に埋まる。

 夜はとうに明け、一日がもう始まっている。

 

 ……どうやらこの薬、一方がもう一方の身体の動きを真似させられるといったもののようだ。

 まあ「俺の身体がアイナの動きとシンクロしてる」とも言えるし、「アイナが俺の身体を操っている」とも言い換えられる。どちらにせよ、とんでもない薬だ。

 

 もちろん原理は不明。どうやったら操縦者になり、操縦される側になるのかも不明だ。

 ……真にとんでもないのは薬などではなく、こんなものを何の説明もなく渡してきた老人と学園長なんだよな。

 

 で。


 俺たちがなぜ草原に寝転がっているかというと、ひとまず薬の効果が切れるのを待っているのである。

 このままだと飯もまともに食べられない。一応さっき試してみたが、アイナがパンを手に取って口に運ぶ度、俺は生えている雑草をむしって唇に押しつけるハメになった。

 ルネリアの用意してくれた朝食がどんどん乾いていくし、口の中が土の味とかする。実に惨めだぜ。


 お腹すいたなあ、そろそろ十分が経つなあ――とじれったく思っていると、ふ、と筋肉が緩むのを感じた。


 もしかして……来たか!?


「お、おお……!」


 起き上がってみる。

 動く……身体が自由に動くぞ!


 踊り出しそうになっている俺に、「……あのさ」とアイナが何か言いにくそうに声をかけてくる。


「なんだね?」


 嬉しすぎて伯爵みたいになってしまった。

 しかしそれにツッコまれることはなく、


「今日はとりあえず……終わりにしない?」


「……そうか」


 まあ、この薬がどういうものかはだいたい分かったし、いいか。

 それに、そろそろ授業が始まる頃だ。


「あとは、えと、あの子……ルネリアさん? に、ご飯ありがとうって」


「? ああ……」


 なんだろう。

 アイナがなんか変だ。

 もじもじというか、ちらちらというか。

 煮え切らない感じ。


「……その、学園長かおじいちゃんに話、ちゃんと聞いたほうがいいと思う。

 あー……薬の副作用、とか、ちゃんと」


「そうだな」


 たしかになあ。

 とんでもない副作用があるとか、もしかしたらあり得るかもしれない。

 やり過ぎると人格が入れ替わって戻らなくなるとか。

 確認は大事だ。


「それから……」


 え、まだあるの?

 いよいよ不審に思い始めた俺に、アイナは息を軽く吸って、


「――――ごめん」


 と謝ってきた。しかも頭も下げている。


 な、なに急に。

 俺、もしかして唐突にフラれたのか?


「……とりあえず先に謝っとく。

 とにかく、薬のこと……聞いたほうがいいと思う、よ」


 妙に不穏な念押しをして、ルネリアが持ってきたバスケットをひとつ手にしたアイナはそそくさと草原を去った。


 …………。

 ………………どゆこと?

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