ワルダー=イービルジーニアスの真意。


「クク……アルター=ダークフォルトを名乗るとは、随分大胆なことをしたものだね」


 男ふたりが逃げるように去った後に、ワルダーくんが肩を揺らした。

 いや本人だよ? 

 ……と思ったが、そういえば例の眼鏡をかけたままだった。このアンブレラアイテムがあるせいで話がどんどんややこしくなるんだよな。


「だがまあ、礼を言うよ。助けられたのは事実だからね。ライセンスの偽造は重罪だが目を瞑ろう。大罪人から親切の押し売りをされたような感じもあって釈然としないが、借りは返せる時に返すのがイービルジーニアス流だ。きみたちのテーブルの会計はこの僕が持とルネリア!?!?!?!?」


 つらつらと微妙に嫌な感じのことを言っていたワルダーくんが、振り向いて愕然としていた。


「ど、どういうことだ……? なぜ彼女がここに……」


「えーっと、それはたまたま――」


「ダークフォルトに仕える奴隷……そして、奴の名を騙る人物の存在……。

 これが天からの思し召しでなければ、なんだというんだ……!」


 俺の事情説明を最後まで聞かず、何やらブツブツと呟いて、ワルダーくんは俺たちのテーブルの空いている席に歩み寄っていく。え、なにが天からの思し召しなの?


 いつの間にか、アイナとルネリアの卓には空のジョッキが四杯ほど溜まっていた。俺抜きでめっちゃハイペースで呑んでるじゃん……。


「――というわけで、男性ということはなさそうだとかつては思っていたのですが、最近は分からなくなってきたところです。

 豊満な体型の女性か、あるいは男性か……」


「いやいや、絶対そのどれでもないから。

 そう……たとえばほら、やっぱり奴隷の子とかだと思う」


「いえ、それはご主人様の一般的なイメージに過ぎないと思います」


「……頑なだね」


「お仕えしておりますがゆえに、分かることもありますから」

 

 こいつらまだ俺の性癖討論会やってるの!?

 いくらなんでも、そこまでのコンテンツ性はないだろ!


「やあ、ルネリア。こんなところで奇遇だね。運命的なものを感じざるを得ないよ」


 しかし話の流れなど意にも介さず、強引にワルダーくんが割り込んでいく。やっぱすごいぜワルダーくんは……。

 アイナが「あ」という顔でワルダーくんを見た一方で、ルネリアはわざとらしく目を見開き、それから腰を深々と折った。……まあ当然、初めから存在に気がついてはいたのだろう。

 

 ワルダーくんはアイナと俺を交互に見た。


「ところで、君たちには席を外してもらいたいんだが……。

 いや! 待ちたまえ! これが神の御意思であるならば、きっと意味があるはずだ。やはり居てくれ」


「はあ……」


 この人大丈夫? と言わんばかりの表情で俺を見るアイナ。大丈夫じゃないかもしれん。

 どうしちゃったんだワルダーくん。さっきから独りよがりすぎるだろ。


「さて。

 ルネリア、君は君の主人を……アルター=ダークフォルトをどう思っている?」


「――どう、と申しますと……」


 ルネリアが言い淀み、アイナが目を輝かせた。こいつ……まさか恋バナが始まるとでも思ってるのか?

 ワルダーくんは「いや、いい」と手を顔の前で振った。


「分かっている。君は奴隷として、彼から非常に残酷な扱いを受けているはず……そうだろう?」


「……いえ、そのようなことは」


「分かってる! 大丈夫だ。彼の普段の行いを見ればそれは一目瞭然……入学式の日にも酷い目に遭わされていたそうじゃないか。その日常は推して知るべし、というやつだ。さぞやアルター=ダークフォルトのことを恨んでいることだろう」


「いえ、そのような」


「分かってる分かってる! ルネリア、大丈夫だ。分かっているから!

 その地獄のような日々に終わりが来る……僕が今からするのは、君にとっては福音に他ならない話なんだ」


「あの……申し訳ございません。過日にも頂いたもったいなき身請けのお話ではありますが、そのようなことは私の一存では」


「ん? ああ、もちろん君を買い取るつもりではあるよ。君は美しく、聡明で、貞淑だ。

 だけど、本題はそれじゃない」


「…………」


 アイナが落ち着きなくジョッキを口に運んでいる。

 ルネリア! アルターがここにいて、話を聞いてるって気付いて! 下手なこと言わないで! とさぞやハラハラしていることだろう。


「……では一体、どのようなお話でしょうか」


 ……そのルネリアの質問に対するアルターくんの答えは、アイナに酒をせさせるのに充分なものだった。


「つまり――僕はアルター=ダークフォルトを暗殺する。

 この崇高なる使命に、君も協力してほしい」

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