第一回暗殺会議。


「――と、いうわけだ」


 ……そういうわけらしい。


 ワルダーくんの説明が終わるころには、俺もショックから立ち直りつつあった。

 考えてみれば、ルネリアをナンパしていたのは俺に関する情報を集め、できれば暗殺に引き込みたいという魂胆だったのだろう。衝撃的な告白だったが、腑に落ちる点もある。


 でもやっぱ俺、悲しいよ……。

 てっきり代わりのネイティブ悪役が都合良く現れたんだとばかり思ってたのに……ただの暗殺者かよぉ……。


「えーっと、つまりまとめると……」


 アイナが頭痛を堪えるような顔で、口を開く。


「イービルジーニアス商会の地位を高めるために、教会に提示する手柄が欲しい……ってことで合ってる?」


「そうだ。冒険者にしては理解が早くて助かるな」


「いや、あたしは冒険者っていうか……まあいいか。

 で、その手柄っていうのが……アルターか、セロの暗殺なの? なんで?」

 

 うん……。

 ほんとになんで? 

 そりゃ俺は別に信心深いわけでもないが、教会に火をつけて回るやんちゃさがあるわけでもない。殺されるメリットを見いだされる筋合いはないんだが!?


「さあな。なぜか彼らが消そうとしているは知らないし、僕も興味はない。問題は、教会とイービルジーニアス家にとってどのような影響があるか、ただそれだけだ。

 実のところ、商会の実情は結構苦しいものでね。教会との提携はこれからもマストだ。そうである以上、ウィンドライツとダークフォルトの暗殺は喫緊を要する案件ではないものの、教会に対する実績はいずれ求められる……。イービルジーニアス商会のために、僕もフルコミットするつもりだよ。それがたとえコンプラ違反であってもね……!」


 なんかペラペラ言うとりますがね……コンプラ違反っていうか、単なる殺人じゃねえか!


 ……しかし、セロに声をかけられて今日の散策が決行されたのも、その場のノリかと思っていたがそれなりの思惑があったということか。

 ワルダーくんにとっては、まさに一石二鳥の状況だったのだろう。


「セロ=ウィンドライツの暗殺は……やはり諦めることにしたよ。日常生活においてさえ、明らかに身のこなしが常人とは違う。……特殊な出自だとは聞いていたが、今日でそれがよく分かった」

 

 そして結果、ターゲットを俺に絞ることにした、と。

 俺だってその二択だったら俺を狙うだろう。……実は強力な護衛ルネリアがいると知らなければ、だが。


「まあ、話は分かったけど……。

 その話、部外者であるはずのあたしたちが聞いても良かったの?」


 確かにそうなんだよな。

 いくらなんでも不用心すぎないか? 現にそのせいで、暗殺対象が暗殺計画を聞かされるとかいう意味不明な状況になっちゃってるわけだし……。


「大丈夫だ」


 ワルダーくんは胸を張った。よく胸張れたな。


「僕は君たちに出会えたことを、神の思し召しであると確信している」


「そ、そっか」


「ああ、そうだ」


「………………え、根拠ってそれだけ?」


「それだけか、だって? 僕にとってはそれで充分だ。いいかい? “神は人に想像するための頭脳ちからを与え、そして魔術を与えたもうた”、だ。分かるだろう?」


 聖書をまともに読んだことがないのでぜんぜんどういう意味なのか分からなかったが、ワルダーくんの敬虔っぷりは伝わってきた。


 まあ、アルターを名乗る偽物(本人)が現れたかと思えば、アルターに恨みを連ねているはずの奴隷ルネリアが目の前に現れた――となれば、運命的なものを多少感じても仕方のないことかもしれない。思い悩んでいる状況であれば、なおのことそう思えるかもしれない。


「もちろん、きみたち二人にも報酬は弾む。ルネリア、君もだ。協力してくれるだろう?」


「えーっと……」


「――はい。もちろん、ご助力いたします」


 ルネリアが即決し、アイナが盛大に咳き込んだ。


「そうか! 奴の身近な人間を味方につければ、取れる選択肢も格段に増える。もうすでにったも同然だ!」


「ごほっ、ごほっ!

 ルネっ、あの、その――なんていうか、やめとかない? 今の、ぜんぶナシにしない?」


 アイナがアワアワしながら俺とルネリアを交互に見ている。こいつずっとピエロみたいで可哀想になってきたな。


 というか俺もちょっと慌てて見せるべきだったのかもしれないが、協力を申し出たルネリアの思考は読めたので明鏡止水の心持ちだった。


 なにせ、暗殺者の暗殺計画を近くで聞くことができ、あまつさえ一枚噛んでコントロールすることもできる――護衛ルネリアとしては一番理想的な状況である。この機会を逃す馬鹿はいない。


「今のお考えとしては、どのようなものがあるのでしょうか」


「そうだな……その計画スキームをこのテーブル全員で知恵を出し合いたいんだが」


 なんだこの流れは。

 もしかして俺、今から俺の暗殺計画を立てなきゃいけないのか?


「まずは……やはり、王道にして正道である毒殺はどうだろう」


「アルター様は全ての毒に耐性がありますので、不可能かと」


 そんなわけないことを、ルネリアはいけしゃあしゃあと言った。

 一体どういう体質なんだ俺は。


「そう……なのか? 

 いや、いくらダークフォルト家とは言え……そんな人間いるか?」


 あ、さすがに疑われてる!

 だが、ルネリアはあくまでも冷静だった。


「はい。告白いたしますが……実のところ、私もアルター様の毒殺を考えたことがあるのです。

 様々な毒を食事に混ぜたのですが、どれも量が足りなかったのか命を奪うには至らず……結果として、アルター様はあらゆる毒への耐性を持ってしまったようなのです」


 ……なんかギリギリ論理が破綻していそうだが、ワルダーくんは納得したように唸った。


「そうか、そんな殺虫剤が効かないスーパーゴキブリみたいなことが……」


「申し訳ございません」


「いや、どちらにせよ食堂などで毒を混入すれば、よほどうまくやらない限りは周りにもるいが及ぶ。それに、下手人が僕だとバレるのはまずい。……この手はなしだな」


「…………」


 アイナはもはや「どうにでもなれ」みたいな顔をしていた。

 なんかもう、目が据わっていた。

 というか、俺がルネリアを罰そうとした瞬間に武力で防ごうという覚悟を決めているのかもしれない。


「では、魔法の授業中の事故に見せかけるのはどうだ?」


「アルター様は魔術に精通しておられます。やはり、傷一つ負うことはないかと。大規模なものですとこれも他の方々に被害が及びますし、そもそもアンブレラ=ハートダガー様の目を欺くことは不可能かと思われます」


「そうか……そうだよな。

 だったら剣術の授業で事故を装うか――」


「め、めっちゃ強いから無理だと思う!」


 途端、アイナが俺の弱点をカバーしようと食い気味で口を出した。


「……あ、ほら。アルター=ダークフォルトってあの“白闇蛇”でしょ? だったら無理なんじゃない? 分かんないけど」


「そうか。来週から、剣術の授業が始まるからそこで実力を見るつもりだったが……」


「見なくていいと思う!」


 傍から見たらなんかちょっと怪しいくらいに庇ってくれてる……。

 アイナに殺したいほど憎まれてはいないようで良かったが。


「たしかに、下手に動いて警戒されても厄介なことになるだけではあるな……」


 ふと、力が抜けたようにワルダーくんは笑った。


「……やはり、他人に相談してみるものだな。

 僕ひとりの力では、きっと失敗に終わっていただろう。……なんだか、不思議とすっきりとした気分だ。僕はずっと、重責を感じていたのかもしれないな」


「イービルジーニアス様。僭越ながら私めが……いえ、これからは我々が一緒です。ゆめゆめ、先走ったりはせず……全員で一丸となって、アルター様を決殺いたしましょう」


「ああ……ああ! 

 そうだな。感謝するよ……今日ここでお前たちのような仲間に出会えた、これまでの全てに……!」


 ワルダーくんは今や涙ぐんでいた。


 ……そうだよな。ひとりでずっと辛かったよな。

 俺の暗殺計画という点を除けば、苦悩と孤独に苦しむワルダーくんに仲間ができた熱いシーンな気がしてきちゃったな。


 気がつけば、俺は握手を求めていた。


「絶対……絶対に、暗殺を成功させような……!」


「ああ!

 神のご加護を、兄弟……!」


 熱い握手を交わし、肩を組んで酒を飲む。


 ……そんな俺たちを、アイナはずっと訳が分からなさそうな顔で見ていた。

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