それぞれの帰路。


「――ではまた、来週この酒場で会おう、同胞たちよ!」


 ワルダーくんが一足先に酒場を出て行く。その足取りは軽く、なんならちょっとスキップもしていた。

 それからややあって、


わたくしめも、そろそろお暇いたします」


 ルネリアが“ヤリイカのペペロンチーノ”入りの紙袋を抱えて扉を押し抜けていく。直前、「差し出がましいようですが、お二人も遅くならないうちにお戻りになったほうがよろしいかと」と念押ししていくのも忘れなかった。


 アイナには伝わらなかっただろうが、これは「なるはやで帰って特訓などしてください」という意味である。はい……すんません……はやくセロくんにボコられるように頑張ります……。


 あまり遅くなるとまた怒られそうなので、俺たちも店を出る。

 空はすっかり夜闇に覆われ、やや肌寒くなっていた。


「……帰るか」


 空を見上げて、ため息を吐く。

 濃密すぎる一日だった。

 いろいろあったはずの昨日さえも霞むくらいの一日だった……。

 

 特訓。

 尾行。

 ダサすぎたアイナの服、サンドウィッチ、そして明かされるワルダー=イービルジーニアスの目的、それに協力することになった俺たち……。

 

 ……なんかこう並べるとほとんど大したこと起きてない気もしてくるが、とにかく疲れた。

 このあと帰って特訓は無理でっせルネリアはん……。


「あの……さ」


 店を出るまで無言だったアイナが、意を決したように口を開く。


「なんだ」


「…………怒ってる?」


 ……怒ってる?

 なんの話だろう。疲れすぎて頭が回らないが……。


 ……ああ!

 ワルダーくんのことかな。


「……あたし、別に聞き上手とかじゃないって自分でも思うけど。

 でも、聞くよ」


 ……どうやらアイナなりに心配してくれているようだ。こいつ実は本当にめちゃくちゃ良い奴か?

 その気持ちに応えるべく、俺もキャラ濃度を下げて本心を吐露する。


「怒ってるというよりも、傷ついたな」


「…………。

 そう、だよね」


 帰路を辿りながら、俺たちはぽつぽつと会話を交わす。

 街は華やいでいる。冒険者街も、学生街も、境目なく。


「ああ……。

 まさか、暗殺を企てていたとはな」


「……でもたぶん、初めからそうだったわけじゃないと思う」


 そう……だろうか?

 純粋にそれが目的で近づいてきたと思うんだが……。


 まあ……最初は「純粋に可愛い子をナンパしようとしたらルネリアだった」という可能性も……なくはないか。

 そもそも、アイナは昨日のことを詳しくは知らないしな。


「アルターは、その……初めて会ったとき、どう思ったの?」


「……そうだな。単に、嫌味な奴なんだと思った」


「そ……そう、なの?」


「ああ。だが、嫌な奴というのはまさにオレが求めていた人材だったんだ」


「うん……。

 うん? え、なんで?」


 なんでと言われても、そりゃ悪役を替わってもらうためだが……。

 ああ、そういやそのへんの事情説明はアンブレラに止められてるんだよな。なんなんだよこの縛りマジでよ。


「フン」


「また鼻息だ。それ、ぜんぜん返事になってないからね。

 ……まあいいけど」

 

 それにしても、暗殺とはねえ……。


「恨みを持たれるようなことは、してないはずだったが……」


 思わず呟いてしまう。

 それはワルダーくん個人に対してもそうだし、教会に対してもそうだ。

 ダークフォルト家は敵が多いが、実際に危害を加えてくるのは同じ貴族や魔族を強く忌避する過激派だけだと思っていた。……それがいつの間にか、教会までもが敵対リストに加わっていたとは。


「じゃあ……そんな酷いことはしてないってこと?」


「するわけないだろう」


「……そっか、やっぱりそうなんだ」


 やたら得心のいった顔のしているアイナ。なんだかむしろ、安堵しているようにも見える。

 俺ってそんなに教会とかに恨みを持ってる奴に見えるのか? いやまあ、見た目だけならそうだけどさ……。


「オレだって別に、そこらへんを尊重する気がないわけじゃない。火をつけたりはしないさ」


「火を……つける!? だっ、だめに決まってるけど!?」


「というより、そこまで思い入れがないと言ったほうが妥当だが」


「いや、それは無理があるでしょ……」


「そうか?」


「そうだよ」


「そうか……むしろ俺は信心深く見えるのか……」


「…………え、何の話?」


「何の話? 教会の話だが?」


「急に!?」


 え? 急か? ……いやまあ、急にって感じか。


 ……確かに途中からいつの間にか、俺の中で教会の話になっていた。

 やっぱり疲れてるんだな、俺。


「それじゃ……ワルダー=イービルジーニアスの話に戻るが」


「……んえ!? また急になに!?」


 急か!?


「ずっとワルダーくんの話してただろ!」


「してたの!?」


「してたが!?」


「なんで!?」


 なんでってなんで!?!?


「“初めて会ったときどうだった”とか訊いてきたからだろ!」


「訊いたけど訊いてない!」


「訊いたけど訊いてない!?!?」


 頭おかしくなる!

 一体なにが起きてるんだ!


「最初は、ええと……“怒ってる?”って訊いたの!」


「ワルダーに、だろう?」


「そんなわけないでしょ!?」


「なんで!?」


「なんでってなんで!?

 じゃなくて、あたしが言ってるのはルネリアさんのこと!

 毒とか……暗殺に協力するとか言ってたでしょ? だから……」


「…………」


 …………ああ~……。

 なるほど、そっちか。

 つまり「裏切ってきたルネリアに怒りを覚えているか?」という質問だったわけだ。

 ここは「当たり前だ。怒っているし罰するつもりだが?」と言うべき場面だったかもしれないが。


「そんなわけがない」


 もうあれこれ考えるのも面倒になって、俺はただ事実を口にする。


「……どうして?」


「俺は、ルネリアを信じている」


「……そっか」


 なんかキャラ違くない? などと言われるかとも思ったが、アイナは噛み締めるように頷いただけだった。 


 妙な沈黙の中、夜道を歩く。

 ……まあ、嫌な沈黙ではなかったし、口を開く気分でもない。

 俺たちは、そのまま歩き続ける――。



 ……そして、学園前の坂がキツすぎて今夜の特訓はやっぱり断念したのであった。


 まあ……うん。

 明日から頑張るから、明日から……。

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