まるで幕間のような日曜日。

 日曜日。

 爆睡により正午近くに起床する。

 

 眠気ゲージ的にはまだ眠れたが、ノックされていたのでベッドから離れることになった。


「おはようございます」


 むにゃむにゃ言いながらドアを開けると、薄灰色のワンピースを着た少女が立っていた。言うまでもなく、ルネリアだ。


「アルくん、いま起きたんですか?」


「はい……。

 あの……早朝の特訓は……できませんでした……」


「いえ、人間味があって素晴らしいことです」


「すんません……」


「? 困るのはアルくん自身ですから。私に謝る必要はありません」


 先生の一番怖い怒り方みたいなのしてきた……。


「許しておくれよルネリア先生~!」


「あ、いえ。

 本当に怒ってはいないのですが……」


「……ですが?」


「代わりに、約束通り今日一日世話を焼かせてもらいます」


「代わりに? 約束通り?

 そんな約束したっけ?」


「してました」


「してねえよ」


 とはいえ、サボりの負い目があるので甘んじて受けることになる。


「――で、なぜかアイナに悪役云々の話をバラすのは禁止されてるんだよな」


「そうなると……“決闘イベント”の際に、どう協力していたただくかが一つの問題になりそうですね」


 昼食後。

 議題に挙がるのは、複雑化しつつある現状についてだ。

 もっと「そういえばね、裏庭に……小さな花が咲いていたよ」「――素敵、ですね……」とかそういう平和な会話がしたいものだが……。


「イービルジーニアス様の暗殺計画ですが、脅威はほぼないと思われます」


 ……こういう物騒な話もせにゃいかんというわけ。


「ワルダーくんをあまり舐めないでほしいところだけど……まあ、共犯状態だしな」


「もちろん、それもありますが。

 気になったのは、その計画があまりに杜撰、かつほとんど彼の独断専行のように見えることです」


「教会は本気で殺すつもりがなさそう……ってことか?」


「さすがはアルくん、ご賢察です。

 おおかた、功を焦ることを期待して、教会側の誰かが彼にさり気なく窮状を零した――といったところでしょう」

 

 で、まんまと功名心に駆られた、と。

 まあ、その線が濃厚だろう。ワルダーくんぎょしやすそうだもんなあ。


 仮に本気で殺すつもりなら、オルド魔術学園への潜入という手間を差し引いても、その手のプロを雇ったほうが確実だし。

 当たれば儲けもの、外しても教会的にはそれほど痛手でもないのだろう。

 ほぼ使い捨てのコマのような扱いに思えるが、イービルジーニアス商会の内情は思ったよりも芳しくないのかもしれない。

 


 ……というあたりの認識を共有し、ルネリアがお茶を飲んで一息つく。


「――イービルジーニアス様の暗殺はそれほど警戒しなくても良いとは思いますが……ひとまず毒殺の可能性を警戒して、食堂の利用は控えましょう」


「…………」


「どうしたんですかアルくん。浮かない顔をして」


「……食堂に行かない分、昼夜奇行に及べとか言わないよね?」


「もちろん言っていました。ロミリア様の存在がなければ、ですが」


「うおおお危ねえええありがとうロミリアさん!」


 まだ話したこともない貴族の少女に、俺は盛大に感謝した。匿名で感謝の手紙などを送りたい。投げ銭とかもしちゃおうかな。


「ですがそのロミリア様のせいで、急いで計画を進める必要に駆られています」


 分かってますかアルくん? と言わんばかりのルネリア。

 彗星の如く現れたロミリア嬢の存在のせいで、俺の悪徳非道っぷりが顕著になって民衆正義の鞭がヤバい。だからあんまり存在感を出すとヘイトを買いすぎる――みたいな話だったはずだ。


 まあそういう理屈は抜きにしても、食堂で水浴びとかしなくて済むのがまず嬉しいんだよな。

 というか。


「急ぐって言っても……具体的にはどれくらいなんだ? 一ヶ月後に例の“決闘イベント”とか?」


「時期については、アンブレラ様と昨晩打ち合わせ済みです」


「うおおお……」


 俺は特訓せず直帰して寝た自分を大いに恥じた。

 恥じたというかルネリア、おまえ疲れ知らずすぎるだろ……。


「で、いつになった?」


「明日、と言われました」


 ひっくり返りそうになっちゃった。

 あ……明日ァ!?!?!?


「嘘だろ!?」


「いえ、そう言われたのは本当です。

 アンブレラ様は『じゃあ、明日で!』などとおっしゃっていましたが……なんとか考え直すよう進言した結果、二週間後になりました」


「うおおルネリアさん! ……アンブレラァ!!!」


 ありがとうルネリア、という感謝の気持ちが湧き出たが、アンブレラ憎しの感情がギリで勝った叫びが出てしまった。あいつ絶対思いつきで動いてやがる。ざけんなよ……。


 いやしかし、二週間……二週間か。


「可能、でしょうか」


「どうだろう、分からん。

 実際、俺って特に頑張ることないしな……」


「そう……なんですか?」


「うん、そうなんだよね」


 薄々思ってはいたんだけど……実は俺のやることってないよね?

 あれって、アイナが頑張るだけだよね?


 ……そう、剣術が劇的に上手くなる目がない今、“決闘イベント”の成否は、アイナが俺の身体をいかに上手く操作できるかにかかっている。

 

 自分ではなく、距離の離れた他人の身体に迫る剣戟けんげきをいなし、剣を振るというのは……たぶん、また別の感覚が必要になるだろう。


 つまり、シンクロに慣れるためにとにかく回数が大切ってわけ。

 ほんと、なんで今日爆睡しちゃったんだろう。


 ……頼むアイナ、なんとか頑張ってくれるか?


***


 日曜日はまだ続く。


 一通りの打ち合わせが済み、自室でゆっくりお過ごし……とルネリアを放流しようとしたのだが、まだ世話を焼きたいなどと駄駄をこねられたので、図書館から本を持ってきてもらうことにした。


 図書館と言ってもただの図書館じゃない。

 オルド魔術学園の図書館だぜ。


 できれば自分の足で行ってなめ回すように蔵書を眺めたりしたいが、悪役をやっている間は近寄るのを避けたい。頭脳派悪役のイメージを持たれると、謀略に富んだ絡み方をしなきゃいけなくなるかもしれないし……。


「私がお傍を離れている間に……これをどうぞ」


 そう言ってルネリアが渡してきた紙袋は、ずっしりと重かった。


「なにこれ」


「“ヤリイカのペペロンチーノ”でございます。

 ご査収ください」


「ざけんな」


 やりづらいわいろいろと。……ウィンクして出て行くな!

 

「…………」


 とはいえ、気にはなるので中身を確認する。


 まあほら、一応ね? せっかく(ワルダーくんのお金で)買ったんだし、ね?

 

 ……まず出てきたのは、《謎の棒》だった。


「グロすぎる……」


 ……見なかったことにして、紙袋に戻す。

 頑張れば物干し竿にすらなりそうだが、物を干したければ普通に物干し竿を使うので頑張る気になることは生涯ないだろう。


 あとは謎の輪っかとか雑巾みたいな臭いのする謎の赤い布とか、魔族崇拝の儀式でしか使わなさそうなものが入っていた。

 なにこれ……わかんない……なにこれ……。


「こわい……」


 本も数冊入っていたので流石にエッチなものを期待したのだが、『熟成下着の世界』だの『口臭名鑑(付録付き)』だの、タイトルだけで気分が悪くなってくるものばかりだった。


 マジでなんなのこれは。奇書の福袋? 本当にこれで興奮する人がいるの? 嘘でしょ?


「――失礼します!」


「どわぁ!」


 突風のようにルネリアが部屋に入ってきた。

 まだ十分と経っていない。


「ふう……ちょうど終えられていたようで良かったです」


「なにも始めてねえよ!

 ……で、どうした?」


「外に出る準備をお願いします」


「え? 外?」


「外です。ほら、行きますよ」


「はい」


 そのまま先導されて寮を出る。もうお分かりだと思うが、俺は基本、ルネリアの言いなりなのだ。

 しかし……なんだろう。

 またアンブレラに呼ばれたとかか?


 ……と思っていたのだが、ルネリアは学園長室のある一号館をずんずんと過ぎて、別館を目指していく。

 多くはまだ街に出ているのだろう、人気ひとけのない学園内だったが、このあたりは流石にちらほらと学生の姿がある。普段と違うのは、そのほとんどが私服だということだろうか。


 木々と抽象的なモニュメントが立ち並ぶ、そのさなかに建つドーム状の屋根の建築物――噂に聞くオルド魔術学園の図書館だ。


 蔵書数は、もちろんトップクラス。持ち出し厳禁の稀覯本きこうぼん、さらには禁書の類いも収められていると言われている。

 本好きにとっては、それだけで入学する価値がある最高の設備だ。

 

 ガラス張りのドアからまず見えるのは、エントランスだ。一歩も足を踏み入れていないこの時点ですでに、地方にある図書館の比じゃない規模感だと分かる。

 こんなデカい施設が、本のために存在しているのか……。そう考えると、なんだか世界一贅沢なものを見ている気分になる。


「ふわわぁ~~……」


「かわいいため息をついているところ申し訳ないのですが、今からアルくんにはウィンドライツ様に絡んでいただきます」


「わわふ!?!?!?」


 血中ストレス濃度が爆上がりしたせいで、かなりの奇声が出てしまった。


「は……話が違いまっせルネリアはん!」


 と抗議してみたものの、二週間後に差し迫った決闘イベントのためには、暇を惜しんでセロくんと対立しておかないといけないのは分かっていた。

 ……今まで命の危険を盾に逃げ回ってきたが、そうも言っていられないってわけか。ルネリアが方針を変えたのは、セロくんがいきなり凶行に及ぶような人物でないことが分かったから……というのもありそうだ。


「安心してください」


 そのルネリアはこの世で最も信用ならないことを言い、続けて、


「私が命を賭して、アルくんを守ります」


 ……この世で最も信用のおけることを何ということもなく当然のように言ってきたので、さすがに俺も覚悟を決める。


「ほんと、頼むぞ……」


「――おまかせください、アルター様」


 ぱちん、とスイッチの切り替わる音が頭の中で久しぶりに鳴り、俺は前髪を上げて一歩を踏み出した。

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