下準備は丁寧に。
「――これを、あと二週間!?!?!?」
俺は仰天した。
ベッドに寝転んで天井を眺める。なんかもう、瞼を閉じる気力もない。
ぼうっとしていると、ルネリアが戻ってきた。
「アルくん、お疲れさまでした」
どうやら、セロくんとロミリア嬢に本を運ぶのを手伝ってもらったようだ。やさし。本来なら二人に「いやあ、いつもうちのルネリアと仲良くしてもらっちゃって……」と菓子折を持っていきたいところだが、そういう常識的な対応は少なくとも二週間はお預けだ。
テーブルを囲み本を開きながら、ふたりで反省会を開くことになる。
「概ね上手くやれていたとは思いますが……問題はバリエーションですね。
今のところ、『私がヘマをする→アルくんが私に冷たい態度を取る→見かねたウィンドライツ様が止めに入る』というパターンが続いていますから」
言われてみればそうだった。
なんなら、アイナに絡まれたときも最終的に奴隷の話になったし……。
「だってえ……奴隷いじり以外でどう絡めばいいのか分かんないんだもん……」
「やはりそこが、アルくんとシュトルツ様で違うところですね。そして、最大の問題点でもあります」
「……と、言うと?」
あの兄と同じであるほうがむしろ問題なのではないかとは思ったが、俺は訊く。
「アルくんはアルくんであるところからシュトルツ様を演じるのに対し、シュトルツ様は常にシュトルツ様自身だということです。真にシュトルツ様になるためには、シュトルツ様になるのではなくシュトルツ様でなければいけないのではないでしょうか?」
「言葉だけで人の頭をおかしくする実験してる?」
「つまり、です。
状況に際してシュトルツ様を演じるのではなく、シュトルツ様が取るような
「あー……」
なんとなく分かったような、そうでもないような。
一言で言えば「能動的シュトルツ」ってことか。
「できるのかな、根が善人の俺に……」
「できます。自信を持ってください」
「おい。その断言は嬉しくないからな」
「シュトルツ様と同じ血を分けた兄弟なんですから」
「あ! 本当に嫌なこと言いやがった!」
***
――そして。
日々は拍子抜けするほど穏やかに流れていく。
***
――わけもなく、俺は目下へにょへにょになりながら日々を過ごしているのであった。
日曜の図書館の一件を皮切りに、俺は日々積極的に偶然を装いセロくんに遭遇し。
その度に鼻を鳴らして笑い。
あるいは忌々しげな舌打ちをして回ることになった。
これは、セロくんを昼夜挑発して確実に決闘イベントに引きずり込むため――ということではなく、火種ここにアリ! と周知させるのが目的だ。
ほら、決闘イベントの際に無名と無名が無観客でチャンバラしても仕方ないわけだし……。
しつこく絡む目的は他にもある。
生徒たちの、
……と言っても、そこが未だにイマイチどういうことか分かっていないのだが。
学園長いわく「つまり膿を出す、みたいなことだよ」、「アルターくんの敗北によってセロくんの実力は証明され、さらに無能力者への忌避感は洗い流されるのだ!」……とのことらしい。
そんなうまくいくか? とは思うのだが、まあ一定の効果はあるんだろう。
……ある……んだよね? 流石にあると言ってくれ。
もっとも、この「潜在的な忌避感を引き出す」ということに関しては、予想以上の効果を挙げていた。
というのも基礎魔術実習で、セロくんの近くにいた生徒がうまく魔術を組み立てられない事態が多発したからだ。
……話は、月曜日に遡る。
「実に面白い!」
と、魔術の先生は喜んでいた。入学試験の範疇である基礎魔術すら組み立てられず苛立った生徒の何人かが「なにわろてんねん」と言いたげな目を向けていたが、全く意に介さない。
「君は……セロ=ウィンドライツだね? 会えて光栄だ」
「はあ……」
握手を求められ、セロくんが困惑気味に応じる。
「さて諸君! 一旦手を止めて聞きたまえ! 彼のような存在、
……なんか普通にセロくんを晒し者にしてるみたいにしか見えないが、たぶんこの先生に悪気はないんだろうな。俺が同じ事やられたら次の日から部屋に引きこもるが……。
「魔術というものは、順序通りに組み立てられていくものなんだよね。
君たちの目の前にあるコップの水面を見てごらん。それが、君たちの平時の魔力の状態だ。そこから魔術を練ろうとすると、その水面に波紋が浮かび上がる。
つまり――大火は小さな火花から起こり、氷は水から生まれ、そして魔力は波になることで、やがて術者の想像に従って変化する。これが魔法および魔術だ。
では、その魔術の発現を阻止するためにはどうすると思う?」
先生の問いかけるような視線の先にいた生徒が、おずおずと答える。
「んー……想像させない……。あ、気絶させる、とか?」
「はは! そうだな、もちろんそれも手だ! 相手が懸命に魔術を組み立てている間に、思い切りぶん殴ってしまえばいい! どちらかといえば剣士の発想であり、それが戦闘において剣士優位とされる所以でもある。
だが魔術師らしい答えはこうだ。――魔術に成ろうと起こり始めた波を、その逆位相の波をぶつけて消してしまえばいいんだよ」
聞いたことがある。
現代の魔術戦は――特にデータの揃った相手同士だと――極めて退屈なものだと。
近年になって魔術師が体術を取り入れ始めたのは、この
だから先ほどの生徒の脳筋理論もあながち間違いではない……んだが、“紳士的ではない”とか言われて忌避されたりもするらしい。まあ、俺だって一生懸命魔術を打消し合ってる最中に、いきなり相手が棒きれ持って突っ込んできたらちょっと笑っちゃうかもしれない。
「つまり――彼の近くでそれが起きている、と? だとすれば、はた迷惑な話ですが」
俺はこの場の全員の心情を代表して、そう両手を広げた。ぱちん、と教師が指を鳴らす。
「無能力というのは正しくないんだ。正しく言うなら、常に負の力が働いている状態だな! 魔力の波が起こるその瞬間、自身の意に反して波を消してしまう――そして厄介なことに、これは自己だけではなく、他者に不利益を与える……」
なるほど、これがアンブレラが言っていた「魔術を打ち消す
「……もっとも、影響はそれほど強くないがね。妨害魔法などにも満たない、微弱なものだよ。いいかね? “魔術師はできないと思ってはいけない”、だ」
と、苦労することなく空間から水を創り出し、それを氷に変えた。床に落ちて、砕ける。
うーん。
どう……なんだろう。
こんな風に難なく突破可能な時点で「魔術を打ち消す
試しに、俺も魔術を行使してみることにした。
ただ、薄い
――身体の中の魔力が揺れる。
さっき先生はコップの水に例えたが、俺のイメージで魔力は霧懸かった湖畔のようなものだ。
俺の中にあるどこかの景色。
水面が揺れ、霧が押し出されるように俺の足元に流れていく。
いまや景色の中に、俺はいる。静謐な香り。どこかにある木々が鳴く音が聞こえる。
やがて俺は、その湖の中心に在るものが何だったのかをその目で捉えて――。
「――アルター様」
「アルター=ダークフォルトくん」
ふたつの声が、俺の意識を引き戻した。
魔力の波は静止し、逆再生するように中心へと戻り、また平穏へと戻っていく。
「まったく……基礎魔術の授業で教室中を氷漬けにしようとする荒くれ者がいるとは思わなかったよ!」
先生は怒っているというより、笑っているようにも見えた。
「諸君、いいかな? 君たちが心に刻むべき言葉を教えよう。
“できないと思ってはいけない。しかし、できるからという理由でやってはいけない”――これが、魔術師が持つべきスタンスだ。自分の力をみだりに誇示してはいけない」
「ハッ……誇示? 強者であることが明らかなのに、どこにその必要が?」
俺はやれやれと肩を竦めた。本当は「だってだって! なんかみんな上手くいってないから! 頑張ってやってみただけで! 張り切ってなんかないもん!」と顔を真っ赤にして主張したかったが、なんとか押し隠す。
「オレはただ、みんなを勇気づけたかっただけですよ。
……諸君! 自信を持ちたまえ! 我々は優秀なオルド魔術学園の生徒だ。たかが
台詞だけだと全員を励ましてるニュアンスがあるように聞こえるのに、俺が言うとそれが綺麗に消えてテロリストが脅しているようにしか聞こえなくなるのは……気のせいでしょうか?
……現に魔術が得意でなさそうな女子生徒のひとりが絶望したような表情を浮かべているから気のせいじゃないんだよな。いや本当に違うって。魔術ができないからってなんもせんて。
「うむ……しかしまあ、その通りだね! 彼はセロ=ウィンドライツくんを物ともせずに魔術を行使しようとしてみせた。君たちだって不可能じゃない!
いいかい、魔術は平時ではない状況でこそ必要となるものだ。むしろ、この程度で魔術ができないセンスの無い者に、単位をあげることはできないな!」
……なんか教師の方が想像以上に心動かされていた。
そ、そんなつもりじゃなかったんだけど……。
とたん、ぶつくさと生徒達からざわめきがあがる。
「マジかよ……余計なことを……」
「自分はできるからってさあ……」
「馬鹿っ、聞こえたら殺されるぞ」
「あーあ、これで単位取れなかったら最悪じゃん……」
いやごめんて。本当にそんなつもりじゃなかったんだって。
「てかあの
「ああ、邪魔だよな……」
……まあ、そんなつもりはなかった演説だったが、俺への心証を犠牲に、セロくんの印象も悪くすることに成功したらしい。
理想的な展開……と言えなくはなかった。あまり気分は良くないが。
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