『アンブレラ、自害しろ』

 こんな感じでセロくんのデバフと常在心中長兄シュトルツ戦法で着々と成果を挙げつつある俺だったが、進捗芳しくないこともある。


 具体的には、アイナとの特訓、そして剣術の授業だ。

 ……つまり、アイナ関連のことが何一つうまくいっていないのである。


「――時間になったら“薬”を使ってくれと言っただろう!」


「だから、無理だって言ったよね!?」


 早朝。

 顔を合わせて早々、昨日のことで言い合いになったりもする。


「アルターが剣術の時間、あたしは考古学の授業なの!」


「座りながらでいい! せめてそれっぽく剣術の型をとってくれるだけでいいんだ!」


「授業中に!? いきなり!? 頭おかしくなったと思われるでしょ!」


 くっ……!

 アンブレラがせめて俺たちを同じクラスに編成してくれなかったばかりにこんなことに……!


 ……当初のアンブレラの脚本では「周りの生徒に怪我寸前のラフプレーを仕掛け、力を見せつけるアルター=ダークフォルト」をやることになっていた。

 暴力的なブランディングをすることで、セロくん側により一層の正当性を持たせる目的だ。

 ……が、これは俺が“白闇蛇”前提の脚本であり、何度も言うように俺にはそこまでの剣術の才能はない。破綻している。

 

 ひとまず「ダルいわー。剣術とかマジダルいわー。真面目にやる気ないわー」というスタンスで授業に臨むしかなかったのだが……結局、どこかのタイミングで実力充分であると知らしめなければいけない。敵は邪悪で強大だからこそ、共通の敵たり得るのだ。

 ダルいわーとか言ってる奴が本当に弱かったらめちゃめちゃダサいしな。


 いったいどうしようかと思っていると、アイナが呆れたようにため息を吐いた。


「……ルネリアさんにいいところ見せたいのは分かるけど。そういうの、自分の実力で頑張ったほうがかっこいいと思うよ。

 剣術、ちゃんと教えてあげるから」


「だから、そういう話ではないッ!」

 

「あー……はいはい、わかったわかった」


「いいや、また分かっていないッ」


 ……万事、この調子である。

 まだルネリアの事が好きだと思われてるし、このままだと「近々、セロくんと決闘するから力を貸してくれ」という本命の頼みも「え、決闘なんでしょ? それは自分で頑張ったほうが良くない?」と正論パンチされそうだ。


 どうにも上手くいかない。

 いやまあ、この辺はアイナが特段悪いわけではなく、ひとえに彼女に事情を明かさないアンブレラのせいなのだが……。


 というか。

 せめて「アルターに全面協力しろ」くらい言ってくれてもよくないか?


***


 そう考えた俺は、早速学園長室に向かった……のだが。


「それってつまり、追加注文ってことでしょ? 私の主義に反するなあ」


 身振り手振りも交えて窮状を訴えたのに、アンブレラはうにゃうにゃ渋っていた。


 なんでだよ! 主義とか言ってる場合か!? 


 ……というのはさておいても、なんなんだろう、この人から漂う他人事感は……。

 あのーすみません、これはあなたが始めた物語ですよねえ? と確認を取りたくなる。違いますけど? ときょとんとされたら怖いからしないが……。


「あと一歩! もう一声! お願いします!」


「えー」


「えー、じゃないんですよマジで!」


「でもねえ……私はそもそもアイナちゃんに『アルターくんに剣術の稽古をつけてほしい』ってお願いしたからね。そうなるとほら、話が変わってきちゃうじゃん」


「そこを! なんとか! お願いしますよ!」


「うーん……」


 だめだパッションで押し切れねえ。

 そんなに? そんなに難しいこと言ってますか俺?


「ほら、例えば、私とアルターくんは『卒業後ダークフォルト家との離縁を手伝う代わりに、セロくんをいじめる悪役を演じてくれ』って話で合意したでしょ?

 それを『やっぱり追加で別の人もいじめて』とか『やっぱりセロくんをフォローしてあげて』って言い出したら、おかしいじゃない?」


「いやまあ……なんか理屈が通っているような、そうでもないような……」


「そうかなあ」


 とにかく私の中では通ってるの、とアンブレラは伸びをした。


「――頼みたいことも見合うだけの実利を提示して、私はアンブレラ=ハートダガーの名の元に必ず履行する。

 君だってそれを信じているから、この話に乗ったんでしょう。

 そして次に大事なのは、“見合うだけの実利”って部分を変えないこと。追加条件や、ゴールを変えないこと。

 変えないからこそ、最初に掲げたコトが余剰も不足もない条件ってことになるし、そこに信頼が生まれるでしょ? だから、人は私に全力をかけてくれるの。自分の願いを叶えるために」


 まあ……その話には納得できる部分もある。あるんだけど、引っかかる。


「……でも、この前俺たちに尾行させてませんでした?」


「してもらったねえ」


「それって業務外というか……追加条件なのでは?」


「ふふん、アルターくん。

 あれはね、単なる“お願い”だよ」


「……つまり、断っても良かったってこと?」


「うん!」


「…………」


 笑顔で元気よく頷かれる。

 ……俺はなんかもう、怒る気力も湧かなかった。


 力ありしものって、大なり小なり嫌なヤツになりがちなのかもしれない。

 ……まあそれで言うとアンブレラは力のわりには「小なり」で、身内に「大なり」のほうがいる俺としては結局黙るしかないのだが……。


***


 一方では着々と、舞台が整いつつあった。


 基礎魔術の授業での一件から一週間以上が経ち、セロくんを見る周囲の目が変わったのを感じる。

無能力者ミュートレイスがいる」という事実は、いまや「必要な入学試験を免除されて入学した挙げ句、授業の進行を邪魔する無能力者がいる」という負の部分の解像度がハチャメチャに上がった状態が共通認識となっているようだ。

 

 ……なんだかなあ。


 木々に自分で火をつけたくせに、山火事になっているのを見て「なんか燃えてる……」とドン引くようなおかしな話だとは思うが、たった一週間でこんなことになるとは思わなかったし、群衆というものの冷酷さは恐ろしいとつくづく実感した。


 ほんの数日前までは「なんか魔法が使えない子がいるらしいねえ」くらいの反応だったはずだ。

 それが、少しばかり魔術の組み立てに影響をもたらし――それも結局、一部の生徒にのみ――さらにそれを公然と差別する者アルター=ダークフォルトがいるからといって、目の敵にしてもいいものだという空気があっという間に形成されている。

 

 なんなら、俺がセロくんを見かけるたびに皮肉り、わらうと、追従するように嘲笑あざわらう声が聞こえてくるようにもなった。

 

 アンブレラが「旗印になれ」みたいなことを言っていたが、まさに旗を振っている感じとでも言おうか。

 ひとたび誰かが石を投げれば、容赦なく彼に石雨が降り注ぐ――このままでは、そうなってもおかしくはない。そんな危うい空気すら、俺は感じていた。

 

 

 そんな中でまだマシと言えるのは、当のセロくんが辛そうな表情を見せないことだった。

 周囲から向けられている悪意に気づいていないわけがない……とは微妙に言い切れないのだが、もとよりある程度の差別は覚悟の上で学園にやってきたのだろう。危惧していたような突然のブチ切れや夜襲などはなさそうだ。

 ……ニセモノの嫌悪感を込めて彼に接する度に、セロくんは怒りもせずただ困ったように微笑んでいるのが、俺の罪悪感を加速させている。


 ……もう、ぜんぶ終わったら切腹とかしたほうがいいんじゃないのか? 特にアンブレラ。

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