すべてはその完璧な一日のために。

「“決闘イベント”、来週に延期しよ!」


「…………」


 普段から「目つきが悪い」だの「その目つきで人を殺してないのが逆に怖い」などと評されている俺だが、このときは眼光だけで虫とかなら絶命たらしめることすら可能であったと思う。なにせあのアンブレラでさえ、小さく息を呑んだほどであった。

 ……いや、でも剣呑な目をしただけで済ませた俺は自制心の塊だと思うんだよな。人によっては普通に殴りかかったとしてもおかしくない。つくづく思うが、アンブレラは雑に人を振り回しすぎだろ……。


「ち、違うの! これにはワケがあるの!

 水曜日に急遽予定が入っちゃって、立ち会えなくなっちゃったんだよぉ……」


「ふーん。いいじゃないですか別に立ち会わなくても」


「冷たっ!? 早口!

 いやでもほら、アルターくん。私だってこの劇団の一員なわけだし……」


「劇団だとしたらアンタは演技下手だしそもそも台詞飛ばすのでクビです」


「わ、私は監督なのー!

 いいじゃん一週間くらい!」


「あのねえ……」


 もはや怒りを通り越し、呆れの気持ちでいっぱいだ。

 たちの悪いことに、アンブレラは状況が見えていないのではない。単純に、見る気がないのだ。こいつほんとよぉ……。


「無理に決まってんでしょ!

 見てくださいよこの有様を! もう……もう、あたり一面火の海なんですから!」


「え……はい。え、あ、はい? 火? なに言ってるの?」


「……確かにね、そりゃね、やったのは俺ですよ。

 けどね……火をつけてこいって命令したのはあなたでしょ!」


「してないよ!?」


「この状態で延期なんてことになったらアンタ……もう腹を切るだけじゃ許されないですよ……!」


「えっ!? 現時点で腹を切るのは確定なの!? アルターくんはさっきからずっと何言ってるの!?!?!?」


「だから、つまりですね――」


 仕方がないので、かいつまんで状況を説明する。

 うーん、と腕を組むアンブレラ。


「ああ火ってそういう……。まあ、状況は概ね予想通りだけど……。

 でもほら、どうせアイナちゃんの協力もまだ得られてないんでしょ? 延期したほうが良いんじゃないのかな~?」


「そこに関しては、今朝話をつけてきました」


「なん……だとぉ……。

 バカな……あり得ないッ……!」


「そんなに? あなたいま悪役みたいな悔しがり方してますよ」


「……でも本当に意外だなあ。アイナちゃんの性格だと、いじめっ子のアルターくんと協力なんかしてくれなさそうだけど。

 まさか……アルターくん、私にやらされてるとかってバラしてないよね?」


「………………もちろんですよ」


「ちょっと! なにその間は!」


 苦戦したのは確かだ。アンブレラの言うとおり、俺がいじめ役としてのキャリアを積んでいくにつれて、アイナの態度がどんどん硬化していったからである。

 今朝話しかけたときなんか、あまりに態度が冷たすぎて小さめの氷山と対峙してるのかと思ったくらいだ。


 それでも最終的には「事が大きくなりすぎた。決闘を起こして負けることで収拾を図るから協力してくれ」という話でなんとか合意は得られたのだが……まあ、これってほとんど内情を言っちゃってる気がしなくもないんだよな。いいのかな。……いいよな!


 なんもなんもアンブレラが悪い。ひとまずデカい声とか出して誤魔化そう。


「そういうわけで、機は熟しました! 予定通り、二日後に決闘イベントやりますからね!」


「やだー! 仲間はずれにしないでよー!」


「そもそも仲間じゃないですよ。誰ですかあなたは?」


「酷すぎない!?!? 私も“決闘イベント”見たい! 見たい見たい!」


「駄駄こねてもだめ!」


「うぅ~……!

 言っておくけど…………私が見てないと思って手を抜いたりしたら……やり直してもらうからね……」


「いや……無理ですよ……」


 そんなとんでもない脅迫を受けつつ、俺は学園長室を出た。


***


「――まあそれはいいとして……他にイレギュラーはないよな?」


「そう……ですね。おおむね、よろしいかと」


 まったく頼りにならないアンブレラを除いて、ルネリアとふたりで最終確認する。

 火曜日の放課後、自室である。

 いよいよ明日、この長いようで短いようでやっぱり長かった、壮大な悪役物語が幕を閉じるのだ。


「思えば、色々あったな……」


「そうですね……」


 ガラにもなく感傷的になりつつ、ぽつぽつと言葉を交わす。


「アンブレラ様に学園長室に呼び出されたあの日が、もう二ヶ月以上前のことのようにも感じますね」


「確かにな……。まさか入学早々、悪役をやらされるとは思わなかったよ……。あと次の日、食堂であんな目に遭わされるとは思わなかったよ……」


「申し訳ありません……でも、どうしても野菜を食べてほしくて……」


「弁明するなら水かけた事のほうだよね普通……。

 あの一連の奇行、たぶん意味なかったし……」


 そういや、そのせいでアイナに絡まれたんだった。

 そのアイナとも、今後は剣術の特訓で顔を合わせる必要もなくなる。……のだが、俺とアイナの二人しか取っていない謎の“契約学”の授業があるし、例のワルダープレゼンツの暗殺会議への出席もあるし、意外と接点は多いんだよな。


 まあ、今後どうなることかは分からないが、少なくとも俺がルネリアが好きとかいう誤解はいい加減やめてほしいところだ。


 ――入学式でのセロくんとの初邂逅。

 ワルダーくんに絡まれたときのこと。

 イベント盛りだくさんだったあの日曜日……。


 それは、思い出話に花を咲かせる……というより、歩いてきた道を辿り、なにか見落としが無いか確認しているかのような気分だった。


 別に、なにかが引っかかる、というわけではない。


 ただ、とでも言うような――根拠のないぼんやりとしたモヤのようなものを、お互いが感じていたのかもしれなかった。


「――それでは、今日は早めにお休みください」


「ああ、ルネリアも」


 大丈夫だ、と俺は声音に滲ませて見送る。


 下ごしらえは済んだ。完璧じゃないのは確かだが、やれることはやった。



 あとは、なるようになる――。

 ……はず、だよな?

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