アイナをプロデュース。

 もしかしたら何事も起きないんじゃないかと覚悟していたが、案の定何事も起きないとなるとそれはそれで徒労感がある。


 簡易でジャンクな昼食を終えたワルダーくん一行は、当て所なく無軌道に街を巡っていった。

 つまりこれは、あの中の誰も街のスポットに詳しくなかった、ということを意味する。

 そう、ワルダーくんの知識量はあのサンドウィッチ屋で底をついていたのだ。


 よくもまあそれでルネリアに「街を案内するぜ!」などと言えたものだねえ!

 ……とは思うがナンパで大事なのはそういうハッタリなのかもしれない。いや、きっとそうなのだ。

 そうなんだよね? 大切なことはいつもワルダーくんが教えてくれるなあ……。

 

 怪しげな魔導具店があれば入ってみたり、本屋を冷やかしてみたり、またサンドウィッチ屋に行ったり。


 学生っぽいことを満喫した一行は、午後三時には解散の運びとなった。

 ロミリアが「私、そろそろ予定があるの」と言い出したからである。やっぱ貴族のお嬢様って忙しいのか、と思ったのだが、


「ルネリア、あなたはこっちでしょう」

 

 という去り際の台詞で、ルネリアを気遣ったのかと気がついた。

 なんてスマートで良い奴なんだ。……まあ、あのメンツで街を巡るのにいい加減疲れただけかもしれないが。ワルダーくんと二人きりにしたら対消滅しちゃうほどの良い奴っぷりである。


「どうするの? 追う?」


 声に徒労感を滲ませて、アイナが訊いてくる。

 真の目的はどうか分からないが、そもそもはルネリアが絡まれたら助けてやりなさい、みたいな話だったはずだ。とすれば……。


「ああ。もういいんじゃ――」


 ないか、という言葉が出てこなかった。

 改めて目に入ったアイナのTシャツのダサさに、思わず絶句したからである。


 ダサい。

 見れば見るほど…………ダサい。


「……なに?」


「……いや。

 ところで、アイナ=リヴィエットは――」


「なんでフルネーム?」


「部屋着とパジャマは分ける派か?」

 

「…………」


 するとアイナは複雑そうな顔をして、俺と自分の胸元を交互に見た。


「五回」


 不服そうな顔で、なにかのカウントが始まった。


「アルターがあたしに服関連のこと訊くの、今日五回目だから」


「…………」


 …………完全に無意識だった。

 たしかに思い返せば「母親は健在か? 服などを買ってもらっているか?」とか「やはり剣士たるもの、服は華美ではいけないとかあるのか?」など、ちょっと脈絡なく訊いてしまった気もする。


「……気にするな」


「無理でしょ」


 ごもっともすぎる。


「あのさ。もしかして、これって………………ダサい?」


「…………」


 驚愕よりも先に巨大な哀れみの感情が来た。


 ――ふうん、これをダサいって思う人もいるかもね。でもあたしは好き。


 そういう個性派路線の可能性が、いま消えたのだ。ここにいるのはただ、「まあ、普通でしょ?」と思い込んでいた一人の女の子だった……。


「……いちおう訊くが、どう思っていたんだ?」


「………………かわいいかなって」


「…………」


 嘘だった……。

 この服を普通どころか、かわいいと思い込んでいた一人の女の子だった……。

 ましてや「まー、服なんてなんでもよくない?」みたいに思っているわけでもなかった……。


「いや、でも、ちゃんと見てよ」


 もうちゃんと見たんだよ。

 ダサいんだよ。


「ほら、この牛は海に憧れがあるのかなあ、とか。ていうのもね、ほらここに『水産!』って書いてあるでしょ? だから……あっ、あと見て、ここにね……ここに……」


 俺の反応を伺うように、言葉尻が消えていく。

 もしかしてダサいの……? という目。やめろやめろ! そういう切ないの!


「どう……? ほら、虹色だよ……」


 自分の袖口(虹色)を引っ張って見せてくるアイナ。


 誤魔化したり、嘘を吐くのは容易い。

 だが俺は今日こいつに世話になり(?)、さらに言えば稽古(?)をつけてもらっている身だ。


 ……正しく在ろう。人として。

 心をアルター=ダークフォルトレベルマックスに引き上げた。


「ダサい」


「…………」


「国が、何らかの規制を考えるレベルで、ダサい」


「国が動くほどに……」


 アイナが呟く。

 ショックを受けているというよりかは、「えー……」って感じだ。


「いやだがこれはあくまで、アイナとその服を合わせた場合の評価だ。いいか、勘違いするな。その服自体がどうこうってことじゃない。

 個人にその服が似合っているかどうか、服というものをその点で評価するならばダサ――いや、アイナに似合うものが他にあるんじゃないか、そういう風に考えてしまう。つまりこれは、そういう話だ」


「めちゃくちゃ早口……」


 アイナはショックを受けながらちょっと引いていた。フォローしてやってるのによぉ!


「……だったら」


「なんだ」


「私に似合う服って……どんなのだと思う?」


「…………」


 キャラ的には最適解であるはずの、知るか、とは言い出せない雰囲気があった。

 そもそも、ここまで人のセンスに勝手にケチをつけておいて、それは流石に許されない気もする。


 見回すと、ちょうど近くに服屋があった。冒険者というより、もっとカジュアルな学生御用達っぽい手頃な感じ。

 しかも今なら店内も混んでなさそうだ。


「あの店の店員に、どの服が似合うか見繕ってもらってこい」


「えー……」


 えー、じゃねえよ。袖口虹色の分際でよ。


「もしかしたらオレの感性が間違っていて、その服が似合っていると言われるかもしれん」


 万が一にもあり得ないが。


「そうか、たしかに……そうだよね、そうかもじゃん」


 絶対あり得ない可能性を求め、アイナがまんまと入店していく。

 俺は向かいの店の軒先から、その様子を観察することにした。


 アイナは吊されている服を見ていき、ふむふむ、みたいな顔をしている。袖口虹色のくせに。早く店員に話しかけろ。

 そしてワゴンカートの中のセール品を物色しながら、へえなるほどなーという顔をしている。早く店員に話しかけろ。


 お、店員に話しかけられている。


 ……あっ! 見てるだけなんでー、って顔してる!

 大丈夫ですーみたいに手もぱたぱた振ってやがる!

 食らいつけ店員! そのまま引き下がるにはどう見てもダサすぎる! お前がこいつを救うんだ!


 …………。

 

 ……あ。

 …………引き下がっちゃった。


 …………で、帰ってきちゃった。


「…………馬鹿なのか?」


「な、なんか恥ずかしくなってきたの!」


 顔が赤い。

 そうだろうとは思っていたが、服屋が苦手なタイプか……。


「フン……着いてこい」


 仕方がないので一緒に入店する。


「すいませーん。この子に似合う服ってどれですかね」


「はいは――目つき悪っっ!!」


 振り向いた店員に、声に出してビビられた。

 俺って魔法の眼鏡かけてもこの扱いなわけ? 卒業後のやることリストに整形を追加する必要があり過ぎるだろ。


「あ、ちがっ……わた、私、素直なのだけが取り柄でっ!」


「素直なのと失礼なのは全く別物ですがねえ!」


「脅さないの。それにほら、これくらい素直な方が信用できるよ」


 まあ、そうか……。そうか?

 気を取り直して本題に入る。


「店員さん、こいつの服どう思いますか?」


「え、あの……」


「素直に、ですよ。あくまで素直に言ってください」


「そうだよ。今こそ、あなたの長所を発揮する時だよ」


「え、ええ……」


 二人で詰め寄る。

 若そうな店員は、俯いてやがて白状した。


「……ダサすぎます……」


「…………」


「例えば、妹がそれを着てきたら、離縁を考えるほどに、ダサすぎます……」


「家族が減るほどに……」


「ただのダサさじゃないですよ。

 超ド級のダサさ……ドダサいです」


「伝説の魔獣ドレッドノートの名を冠するほどに……」


「で、でもっ! 任せてください! 私があなたをオシャレにしてみせますっ」


「え。

 いや、べつに普通くらいでいいんだけど……」


 そうモゴモゴ言っている間に何着か持たされ、やる気に満ちた店員に試着室に押し込められている。

 カーテンが閉まる直前「たすけて」みたいな目でこちらを見てきたが――気づかないふりを、俺はした。

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