奴隷と主人の優雅な朝食。
どうにも剣術の教師が付くという話だったらしいのだが、待てど暮らせど来なかったので食堂へ向かう。
話がうまく通っていないのか寝坊なのか、とにかく起こされ損である。
さて。
オルド魔術学園の食堂は、「食堂館」と呼ばれる一戸の独立した木造の建物だ。
その中では、まだ早朝と言って良い時間だが、幾人かの生徒が朝食を摂っていた。
「……アルター様」
ルネリアが囁いてくる。
……分かっている、と俺は息を吸う。
今この時から、アルター=ダークフォルトのキャラ付けは始まるのだ。
「よし……」
俺は食堂前で立ち止まり、前髪を上げて顔を作る。
――常に人を見下し、自分とその家族以外を喋る肉塊と認識しているような表情。
そう、俺の兄のような……あの冷たく、貪欲な目。
俺はその顔のまま、ルネリアを振り返る。
果たして彼女はひとつ頷き、唇をわずかに動かした。
……なんだかすでに懐かしいな、と俺はふと思う。実家ではよくやっていた、無音の会話だ。
ルネリアはこう言っていた。
『いいからはやく表情を作ってください』
や……やってるよ……?
俺は、もう、やってるんだよ、ルネリア……。
早々に諦めて、デフォの表情のまま食堂に足を踏み入れる。
何人かが振り返ってきたが、すぐさま目を逸らされた。デフォ顔なのにこの反応。悲しすぎる。
……とはいえ、無理もないことではある。
顔つきはともかく、「銀髪の奴隷を従えたダークフォルト家の子息」という、単なる事実の羅列だけで目を逸らすに充分な要素が揃っている。
しかもこの
「…………」
ひそひそという囁きの最中、俺は敢えて真ん中のテーブルに向かう。ルネリアに引かせた椅子に腰掛け、腕を組んで周りを睨めつける。
……すると面白いほどに、囁きの波が静かになった。
なるほど、兄のシュトルツが好き好んで威圧しまくる訳が分かった気がした。力でねじ伏せているような実感を得られる。……実にくだらない。
さすがはかのオルド魔術学園というべきか、朝食は豪華なビュッフェスタイルだった。普段ならウキウキで盛るところだが、俺は席を立たずルネリアに任せる。
ややあって、彼女がトレーを静かに俺の前に置く。もちろん彼女は同席しない。半歩後ろで控えたままだ。
なんだか落ち着かないものの、早起きさせられたのでお腹はペコペコだ。へへっ、すいやせんねルネリアさん。
俺はウキウキしながらフォークを手に取り、その内容を確認する。
大皿にサラダ。
それが三皿。
…………どういうことだ。
ルネリアに羊かなにかだと認識されている可能性がいきなり浮上し、俺は内心うろたえた。
……その目をしっかり見てどういうつもりか問いたかったが、態度を崩すわけにはいかない。
その異様な配膳に再び周りがざわつきだしたあたりで、俺は野菜を口元に運んでいく。
食う。むしゃむしゃと食う。
………………飽きた。
あっという間に、飽きた。
まだ半皿くらいだけどもう飽きたぞ! せめてドレッシングくらいかけてよ。プレーンの生野菜は結構きついよ。
しかも大皿て。だいぶ前にルネリアのプリン食べちゃったのまだ根に持ってるの?
などとも言えず、一生懸命に咀嚼していく。これが普通だが? みたいな顔で食っていく。
縁を切る予定であるダークフォルト家の評判がどうなろうと知ったこっちゃないが、この一件で朝から野菜をめちゃくちゃ食うおもしろ一家だと思われるだろうな。
――そんなことを思いつつ、二皿目に手を伸ばしたその時だった。
いきなり、頭上から水が降ってきた。
……一応言っておくが、ここは室内である。
しかも、水滴とかではない。結構な勢いである。
まさかと思い横目で見ると、ルネリアが俺にポットから水を注いでいた。
なんで? どうして?
俺自身がでかいコップだと思われているか、ルネリアがコップを知らない以外で説明がつかない事態が起きている。これ夢?
この状況下で悲鳴をあげなかったのは奇跡に近いが、俺は至って冷静な態度を崩さなかった。目を閉じたまま、いつもこうしているが? という顔で滴る水を舌で舐めとっていく。
ついでに洗髪もしちゃうが? とばかりに髪に手ぐしも入れる。
…………もう、めちゃくちゃだった。
どうにでもなれ、と俺は思った。
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