アンブレラの演技指導。

「どういうつもりだてめえ!」


 気がついたときには、俺はルネリアに詰め寄っていた。


 しかし予想に反してルネリアは一歩も引かず、俺の顔をじっと見上げてくる。あまつさえ僅かに眉を寄せ、小首をこてんと傾げている。なんでだよ。


「アルくんこそどういうつもりですか?」


「うそでしょ? どうして逆ギレが可能なの?」


「アルくんが至らない奴隷を罰し、その容赦のなさを知らしめるチャンスを無駄にしたからです」


「そのチャンスがサラダ三皿!?!?!?」


「水もかけたりしたのに……」


「程度を考えろや!!

 せめてサラダは二皿、水はコップ一杯までだろうがよ!」


 ちょっとしたドジで処理できる範疇を超えてんだよな。

 しれっと理屈っぽいことを言ってはいるが、実際はルネリアの悪ノリだろう。

 普段は常識的な思考回路があるくせに、俺に対しては何をしてもいいと思っている節がある。


「むしろあれは俺のアドリブを褒めるとこだろ!

 学園長からもなんか言ってやってくだいよ!」


「ルネちゃんが全面的に正しい」


「こんなに味方がいない状況ってあるか?」


 ……ここは、昨日ぶりの学園長室である。


 正直、どうやってここまで来たのか覚えていない。奴隷に高濃度の恥を味わわされ、ほとんど気を失っていたからである。というか、


「……俺、なんでここにいるんでしたっけ?」


「リハーサルに決まってるでしょ」


 と、アンブレラが書類から顔もあげずに言ってくる。

 いや、さも当然のことのように言われても困る。なんのリハーサルだよ。


「じゃ、重要なシーンを重点的にやろっか。

 まずは入学式、感慨深そうに校舎を見上げるセロ=ウィンドライツに絡むシーンから! はいっ」


 アンブレラがいきなり、ぱん、と手を叩く。


 な、なんなんだ急に。

 リハーサルってそういうこと? っていうか、そんな雑に「絡む」って言われても――。


「…………あ、えーっと……おま」


「はいはい! ストップ!」


 再びパンパンと手を叩き、アンブレラは呆れたようにため息を吐いた。


「ちょっとちょっと。アルターくん、演技の瞬発力なさすぎない?

 『はにゃぅ〜?』とか言ってる場合じゃないから」


「言ってないですよ」


「バイトとかでも仕事の流れを乱してそう」


「それ攻撃力高すぎるだろ!

 ってかそんないきなり役に入り込めたら俳優になってますよ……」

 

 なあルネリア、と振り返ると、銀髪の奴隷はまぶしそうに目を細めて宙空を見上げていた。


「――ここが、オルド魔術学園か……」


「おまえもう女優になれよ。いつまで奴隷なんかやってんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る