奴隷不在とアイナ=リヴィエット


 早朝である。

 

 目をこすりあくびを噛み殺しながら草原にたどり着くと、すでにアイナがそこにいた。


「来たんだ」


「フン」


「眠そうだね」


「フン」


「……朝は鼻息しか出せない感じ?」


 い、いかん。

 頭が働かないのと、今朝はルネリアが起こしに来なかったため、“アルター様”と呼ばれてないからうまくスイッチが入らない。


「まあいいけど。

 とりあえず、ちょっと走っておこうか。アルター、相当体力ないみたいだし」

 

 薬があれば走り込みなど必要ないのでは……と言いたかったが、アルター=ダークフォルト語にどう変換するのかぱっと出てこなかったので走らされることになった。



「カヒュー……カヒュー……」


 息も絶え絶えとはまさに今の俺である。


 つらい……。

 走るの、きらい……。


 なんとか息が整ったあたりで、アイナが「それで」と切り出してくる。


「例の……くすり的なやつは?」


「ああ……持ってきている。まだ飲んではいない」


「あ、良かった。飲んでてそれだったらヤバかったね」


 小馬鹿にしてきやがるぜ。

 チクショウ……チクショウ……! 俺だって薬さえ飲めば……!


「今に見てろ……後悔させてやるッ……」


「カッコ悪すぎる……」


 俺は瓶から薬を取り出し、勢いこんで口に放り込もうと――したところで、はたと思い至る。

 

 ……そういえば、何錠飲めば良いんだ?

 というかこれ……飲み薬なんだよな?


 いや考えてみれば……毒物、という可能性はないだろうか。

 セロくんに襲われたらなんとかして飲ませろ、的な。 


「…………」


「どうしたの」


「ちょっと…………飲んでみたいと思わないか?」


「……はあ?」


 そりゃ「はあ?」だろうよ。


「……ちょっとまって。毒味させようとしてる?」


 しかも一瞬で目論みがバレた。


「フン」


「フン、じゃないから。最低」


「違う、勘違いするな」


「じゃあなに」


「勘違いするな」


「勘違いするなの一点張りじゃん」


「フン」


「いや、鼻息を含めた二点張りになったところで最低なのに変わりはないから。

 ……まあ、いいか」


「え?」


 思わず素が出てしまった。

 アイナは俺の手から瓶を奪い取り、中の一錠を口に放り投げる。


「なッ……!」


 おい、嘘だろ!?

 こっちだって本気で呑ませたかったわけじゃないぞ!


「……万が一のことがあったら、私の部屋にある治癒術のスクロール使って」


「バカ、吐き出せ! 本当に毒だったらどうする!」


「いや、もう呑んじゃったし。

 てか、さっきは飲ませようとしたくせに……」

 

 呆れたようにアイナは笑う。


「アルター、もしかしてちょっと優しいの?」


「ばっ……バカ言うな。オレは優しくない」


「ま、そうだよね。

 でもたぶん大丈夫。もし毒だったら体力あるあたしの方が耐えられるし、そもそも一錠で死ぬような毒だったらこんな量渡すわけない」


「お前……意外と頭が回るな」


 ……食堂での一件でも薄々そう思っていたが。

 対人戦はバカでは勝てないということだろうか。


「“お前”? “意外と”?」


「……アイナ、意外と頭が回るな」


「“意外と”の方も訂正して欲しいんだけど」


 アイナは手を握ったり開いたりして、「うーん」と首を捻っている。


「どうだ?」


「分かんない。末端がしびれたりはしてないけど……べつに強くなってる気もしない」


「そうか」


 頷き、俺は錠剤を手のひらに出し、飲み下す。

 苦みを覚悟したが、ハッカのような清涼感がわずかに感じられただけだった。


「まだ毒かどうか分からないけど?」


「治癒術のスクロールがあるって聞いたんでな」


「やだよ。アレ高かったんだから。学園長に治してもらって」


 すげなく治療拒否されつつ、俺はなにか違和感を覚える。


 ……なんだろう。

 心なしか、なにか力を感じるような……。

 

 ……いや!

 気のせいじゃねえ! はっきりとなにかを感じるぞ……!


「……大丈夫? 呼吸荒いけど」


「ふ……。

 ふ、ははは……!」

 

「え、おかしくなった?」

 

 不審がるアイナを気にせず、俺は立ち上がり、木刀を手に取った。


「――お手合わせ願おうか。

 準備はいいかな、師匠センセイ?」

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