ハッピー・エンディング。




 ――まず見えたのは、湖だった。

 



 そこに廊下はなく、そもそも寮ですらもなく――扉の先は、夜の湖畔だった。



「…………」


 

 明らかな異常事態だったが……俺もルネリアも、特に騒がなかった。



 もしかしたらルネリアが静かなのは、ここでも“順応”がかかっているからかもしれない。

 俺が特に疑問に思わなかったのは、何か起きるはずだと心構えがあった上に、そもそも繰り返す異常な世界にいたからかもしれない。


 

 でも、たしかに言えることは。

 そんなのは、大した問題じゃないってことだ。



「ここは――」

 


 見回して、呟く。

 ……俺は、この場所を知っている。

 


 とは言っても、実際にこういう場所があるのかは知らないし、訪れたことがあるのかも分からない。

 それでも、確かに知っている。



 ……ここは、俺の中の風景だ。



 魔力の行使に立ち上がって、消えていく想像上の景色テース・マゲイアス

 



 大きな湖には月の光が映って、たまに吹く穏やかな風に揺れている。人工灯はないのに、なぜか充分明るく感じたし、あたりの夜闇に不気味さは感じなかった。


 月明かりのせいか、瞬く星のおかげか、隣にルネリアがいるからなのか。


 湖の水平線の向こうには、山々のシルエットが見える。朝になればきっと、辺り一面が緑と青のコントラストで輝くだろう。



 俺とルネリアは、草地を踏んでゆっくりと歩いていく。

 行く宛はない。目的地はない。一生こうやって歩き続けるのかもしれない。

 


 それでも良かった。

 ここで、俺の願いのすべてが叶うのかもしれない。そんな気もする。



 ここに、ダークフォルトという名はない。アルターですらもないかもしれない。

 俺の隣で歩いている少女もそうだった。彼女はもう、ここでは俺の奴隷ではない。ふと視線を遣れば、その首元に縛り付けるものもなかった。

 


 ここにいるのは、ゼロのふたりだけだ。



 良かった、と俺は思う。

 満願成就。

 俺がやるべきこと――そのすべてがここで叶っている。そんな確信があった。



 “すべてはその完璧な一日のために”。まさしく、その名の通りに。

 


 その完璧な世界に、残るか、破るか――。

 神聖魔法はいま、自分の存続を賭けてその選択を差しだしてきているのだ。



 これでいいか?

 こうすればここに居てくれるか?

 願いは叶える。だから、消さないでくれ、と。

 

 



 ……あぶくみたいなものだと、分かっていた。

 それは、空しい夢だと言われるかもしれない。

 あるいは、現実逃避とか言われるのかも。


 ……でも、ここに居る限りは、ここが俺たちの現実になる。

 誰にも文句はつけられない。

 俺は、それでもいいと思う。



 いいよな。

 ……いいのかな。

 ここに残り、現実を捨てても。










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