その道の果てにしか“明日”がないのなら。

「セロ=ウィンドライツ最大の弱点は、ループを認識できないこと。

 そしてキミの最大の強みは、未来を知ることができるってことだ」


「未来……?」


 ぜんぜんピンと来ない俺に、例えば、とソフィアは説明する。

 

 セロくんが訓練場に足を踏み入れた瞬間、俺が一〇歩前進して木剣を振り下ろす。

 すると、セロくんが左に半歩避け、空振りした俺の手から剣をたたき落とす。

 俺は負けて、ループが始まる。


「――けれどキミはもう、一〇歩前進すればセロ=ウィンドライツが左に半歩避けることを知っている」


 当然、たった二手で打ち勝てるわけではないだろう。

 一〇歩前進して左に半歩避けたセロくんに放った横薙ぎの剣戟が、受け止められて絡め取られるかもしれない。


「でも、アルターくんが決まった行動をすることで、セロ=ウィンドライツの未来もする」


 だから、それを何度も繰り返し、繰り返し、繰り返し――。

 やがて、勝てるパターンを見つけ出す。


「セロ=ウィンドライツの行動の固定化――その果てのどこかに、キミの勝利がある」


 ――それが、ソフィアの言う「もうちょっとだけ良い方法」だった。



 …………聞いているだけで、気が遠くなるような話だった。

 セロくんに勝てる未来への道筋。

 それは果てしなく、どう歩いていけば良いのかも分からない。



 だが。

 それは確かに、ひたすら修行をするよりも――。


「……悪くない。

 いや……それしかない、よな」


 俺はそう呟いていた。


 俺の絶対的なアドバンテージ。

 未来を知ることができる……いや、正確には「未来を創り出す」ことができる力。

 “打ち消し”なんかよりも遙かに強い力を、俺はいつの間にか持っていた。


 おかげで、セロくんがいかに強かろうと、俺は彼の行動を誘導し、有効な手を打ち、自分の勝利へと駒を進めていくことができる。……まるで二人で行う盤上遊戯の一種だな。


「でも、それにはたぶん、膨大な時間が必要になる。

 ……覚悟はできてる?」


 ソフィアが挑戦的に顎を上げて、俺を見る。


 覚悟。

 改めて問われるまでもない。

 怪しさ満点のどっかの少女の手を取ったあの夜から、そんなもの、とっくにできている。

 

 

 ……とか言って、もしも俺ひとりだったらあっさり諦めたかもしれないが。


「はあーあ……」

 

 俺は何の面白みもない天井を見上げて、思わず笑いながらため息をついた。


「あー……果てしねー……!」


 ……そりゃ、理屈は分かるし通ってるとは思う。


 思うが、一体何度やれば、俺はアイナが勝てない相手に勝てるんだ?


 …………道のりが遠すぎる。ほとんど無理なんじゃないかと思うくらい。

 いつか来るはずの勝利の日が、遠く霞んで、本当にそんなもんがあるのかすら分からない。


 

 それでも。




「でも、やるでしょ?」


「まあ、やるんだよね」




 そう、俺ひとりだったら諦めてもいいんだけど。

 ……せめてルネリアには、もっとマシな未来を掴んでもらわないとな。


「……なんとかして、十年以内くらいに終わるといいな」


 そう呟きながら、俺は決意を固める。




 負けるために始まったこの物語を、勝利で終わらせる――その決意を。

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