セロくん対策会議本部。

 ――アイナとのシンクロでは、セロくんは倒せない。

 

 俺は、その現実とついに向き合うことになった。



「そっか、なるほど……」


 火曜の夜。


 久しぶりに俺の部屋を訪れたソフィアは、「やっぱりそうか」みたいな顔をしていた。


 なんだその「やっぱりそうか」は。

 後出しジャンケンならなんとでも言えるぜおい!


「その理由ワケを申してみい!」


「セロ=ウィンドライツが“打ち消し”の闇魔術グリムリープを使う無能力者ミュートレイスである以上、彼の最終的な戦場は肉弾戦ってことになる。体格的に力勝負では劣るから、なおのこと、剣術や体術のテクニックは相当なもののはず。

 特に、アイナ=リヴィエットみたいな正統派の剣士の対策はできてる……と思うよ。かなりの奇策、搦め手に、アイナさんも苦戦しただろうね」


「……おお」


 ……思ったよりちゃんと理路整然とした理由が出てきた。


「そうか……まあ、そうだよなあ……」


 分かってたんなら教えてくれ……とも思ったが、たとえ教えられても俺は納得しなかっただろう。だからソフィアは俺に好きにやらせたのかもしれない。


 手のひらの上のようでなんか悔しいが、それだけ頼もしい味方だと捉えることもできるか。


「……で、その頼りがいのある味方であるソフィアさんは、なにやってたんだ?」


「もちろん、この神聖魔法を使った犯人の特定だよ。ほら、見て」


 そう言って、少女は持っている本の背表紙を俺に見せてきた。


「“珍走探偵団最後の戦い”……?」


 ……同タイトルの魔導書とか医学書がない限りは、有名推理小説の最終シリーズだったはずだ。


 七割が理不尽ギャグコメディ、三割が本格ミステリーという異色の読み味で、ギャグで死んだ奴が平然と生き返ってツッコミをいれてきたと思えば、ちゃんと死んだままの奴が出てきて本格的な捜査が始まったりする。

 俺も読んだことがあるが、「ちょっと待て、こいつ……本当に死んでるぞ!?」は文壇史上に残る名台詞だと思う。

 

 ……で、俺がアイナを説得したりセロくんにボコられてる間、ソフィアは娯楽小説読んでたん?


「……まさか、ミステリー小説を読みあさって推理の参考にしてた――なんて言わないよね?」


「ちょっと違うかな」


「ちょっとしか違わないんだ……」


「いいかね、アルターくん」


 絶望する俺を余所に、小説の影響をモロに受けてそうな口調でソフィアが腕を組む。


「いま、我々が真に求めているものはなにかな?」


「……“未来”、かな」


「ふふん、違うよ」


「違うわけないんだけど、まあいいや。答えは?」


「なるほど、こいつが犯人に違いない! ……ってわたしたちが納得できる、筋の通った“物語”だよ」


「…………そうは言うけど探偵さんよ。フィクションはフィクションでっせ」


 まあ……一理はあるかもしれない。


 ソフィアいわく、誰かが神聖魔法を発動した現場を、“この世界”で押さえることは不可能らしい。

 証拠がここにない以上、俺たちに確実に犯人を確かめる術はないのだ。

 だからせめて納得する答えを得られればそれで重畳……という考えは理解できる。もともと、「全力を尽くした感があればいい」みたいなことも言ってたしな。



 しかし、つまりまあ、おおむね――。


「……お互い、何周も無駄なことをしてたってわけだな」


「ちょっと待ってよアルターくん。わたしのは有意義だよ。訂正して」


「……お互い、何周も無駄なことをしてたってわけだな」


「おかしいな。ぜんぜん訂正してくれない」


 不服そうなソフィアのむくれ顔を見ながら、「じゃあ」と訊く。


「その“筋の通った物語”ってのは、なにかできたのか?」


「そうだなー……犯人はアイナ=リヴィエットだ! ……とかどう?」


 ほほう。


「たしかに、不可能じゃない……のか?」


 言われてみれば、アイナは治癒術のスクロールとかも持っていたはずだ。

 まあ、スクロール自体は貴重で効果なものの、一部の冒険者などは持ってたりもするが……教会との繋がりがある、とも捉えられるか。


 ……捉えられるけど、伏線としては微妙すぎだろ。

 

 例えば、俺が決闘でセロくんに勝てないのは、ループを維持したいアイナが絶対に勝てないようにしているからだったんだ! ……とか言われても、ぜんぜん納得感がない。


「決闘中は俺の操作で手一杯だったはずだし、そもそも動機が思いつかないけど……」


「だったら、ルネリアさんが犯人だ!」


「えー……理由は?」


「一番意外性があるから」


「……理由になってるか、それ?」


 もうただの当てずっぽうじゃねえかよ。

 とにかく犯人の目星がついてないのは充分、分かった。そしてたぶん、これから先も目星をつけることはなさそうなのも。はっきり言って、ソフィアに探偵のセンスはない。


「……そんなことより、セロくんの倒し方を一緒に考えてくれるかな?

 こうなった以上、優秀な美容外科医を捕まえてきて二四時間以内にアイナを俺の顔にするしか道はなさそうだけど」


「それよりもっとシンプルな方法があるよ。

 アルターくんがセロ=ウィンドライツを倒すっていう方法がね」


「ハハッ!」


 甲高い笑い声が出てしまった。


「おいおい探偵さんよ……そいつは最高に笑える冗談だなあ!」


「冗談じゃないし、アルターくんは自分のアドバンテージを自覚すべきだよ」


 ソフィアの真剣な顔に、思わず俺も真顔になる。

 ……アドバンテージ?


「それはアイナ=リヴィエットにも、セロ=ウィンドライツにもない、アルター=ダークフォルトだけの特権。

 ――“忘却”と“順応”の束縛から逃れたキミは、この繰り返す世界で唯一の“成長する存在”なんだよ」


「そ……」


 …………それ、は。

 言われてみれば。


「――そう、だけど……。

 まさか、セロくんに勝てるようになるまで修行しろ……ってこと?」


 まあざっと十年以上はかかるだろうな、と試算して絶望的な気持ちになる。

 しかしそんな俺とは対照的に、ソフィアは「修行もするけどさ」と言ってニヤリと笑う。


「――もうちょっとだけ、良い方法があるよ」

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