奴隷と主人の優雅な…………


 で、俺は今食堂にいる。


「――アルター様。お食事の準備ができました」


「…………」


 恐ろしいことに、サラダは前回の三皿から四皿に増えていた。


 え、そういうシステム?

 度肝抜かれたよ。

 増えてくのこれ?

 

 少なくとも朝食だけは必ず食堂に寄ることになると仮定すると……卒業する日の朝食には、とんでもない数の皿が俺の前に並ぶことになる。


 いや流石にどこかでストップかかるよね? そういう常識は期待していいんだよね?

 

 とこっそりルネリアに目を向けると、無表情で水瓶を持ち上げているところだった。


 あ、だめだこれ、と俺は全てを察する。

 水が落ちてくるその瞬間、卒業式の朝、単純計算でおよそ千四百六十皿に膨れ上がった野菜と格闘している自分を瞼の裏に幻視した。そうなんだよな。だめなんだよな。こいつは、やると言ったらマジでやるんだ。


 セットが崩れた前髪から滴る水を眺めながら、俺は再び暗澹たる気持ちになる。これもしかして冬とかもやる感じ? せめて寒い時期はお湯にしてくれない? そういう配慮はしてもらえるかな?


「――ちょっと」


 畏怖と好奇がないまぜになった視線を浴びつつ、びしょびしょのまま四皿目のサラダに手をつけつつ、泣きそうになるのを我慢していている俺の隣で――そんな喧嘩腰に近い感動詞が聞こえてきた。

 

 聞こえてきた……っていうか、呼びかけられているのはどう考えても俺である。

 

 しかし「はい、何でしょうか」と軽々しく応じるわけにもいかない。こっちにだってキャラというものがあり、そのために過剰な野菜を食わされ水でびちゃびちゃにされているのである。簡単に退いてたまるかよ!


「あの、聞こえてるよね?」


 しかし、その声の主も退かなかった。

 いやすごいな。


 大抵の人間は俺のような要注意人物には近寄らないようにするだろうし、仮に俺だったら遠巻きに見るだけにするだろう。どんなに迷惑でも、まず関わり合いになりたくないからだ。


「……なにか?」


 俺はゆっくりと口の中のものを咀嚼し嚥下してから、冷たく尋ねる。興味ないアピールのため、視線はそちらに向けないままだ。


「なにか、じゃないでしょ」


 それはほんとに、そう。

 水をまき散らして大量の野菜をむしゃむしゃしている時点で「なにか」はあるに決まっている。ただ、心折れずにそうツッコめるのは相当なものだ。


「まず、ここで水浴びするのはやめて。めちゃめちゃ迷惑。水とか跳ねてきたし」


 そうだぞ! 迷惑なんだぞ!

 おい聞いてるかルネリア? 主人に水ぶっかけるのは即刻中止しろ。


「そうか。実家ではいつもそうしていたからな」


 そんなわけのないことを、俺は超然と言い放った。言い放つしかねえんだよこっちはよ。


「それで?」


「……やめてって言ってるんだけど。個人の許された場所でどう振る舞うかはどうでもいいけど、ここは公共の場所だから。

 ここがオルド魔術学園である以上、あたしたちは等しく生徒で、それまで何者であったかは関係ない――でしょ?」


「お前……名前は?」


 威圧感たっぷりにそう尋ねながら視線を向ける。

 顔つきは整っているが口元はへの字に曲げられていて、なんか気が強そうな感じだ。涼しげに切りそろえられたアッシュブロンドの髪が、ますますその印象を強めている。


「……アイナ=リヴィエット」


 少女はそう名乗った。

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