アイナ=リヴィエット
「そうか。よく覚えておくよ」
「忘れてもいいから、明日からは止めて。てか少なくとも、あたしの隣でやんないで」
いまやギャラリーの皆さんも食事そっちのけで固唾を呑んで見守っている。
すごい緊張感だ。張り詰めた弓の震える弦か?
気の弱そうな女子などが、這這の体で食堂入り口に逃げ出しているのがちらりと見えた。立場が逆なら俺もそうしちゃうかもしれない。
「話はそれだけか?」
「……じゃあ、ついでに。
あなたの……お付きの人? 侍女ってやつ? わかんないけど……ずっと立たせておくのはどうなの?」
「…………」
馬鹿が……と言わんばかりに目を細め、鼻を鳴らしておく。
実際、これは譲れないポイントだ。
水をかけられるのは止めて欲しいし止めても良いが、奴隷を侍らせるやべーやつ路線は確保しておかないとただの野菜好きな強面の兄ちゃんになってしまう。
「首元をよく見ろ。あれは奴隷だ」
「…………」
「お前は先ほど“公共の場らしい振る舞い”をオレに求めたな? 極めて卑なる者と同卓せよというのは身分制度の上に成り立つ公共性の否定だ。一般社会通念としての正しさを否定し、お前の肌感覚を押しつけているのに過ぎない」
……よし、
頼むからこれで退いてくれないか? 無理か?
「……旧態依然とした奴隷制度の是非はこの際どうでもいい。だけど――」
だけど!
だめだこいつ全然折れねえ。どんだけ芯が強いんだ。
「“学問の前で人全て等しく学徒である”……じゃなかったっけ?」
だからルネリアを食卓に着かせろ、と。
そりゃねえ。
俺だってそうしたいよねえ。
自分の飯くらい自分で持ってきたいし、野菜は一皿にしたい。ウィンナーとかベーコンとか大量に取ってきて朝から油と塩分に悶えたい。
だがそれを易々と認めるとキャラ付けが……。
「――僭越ながら、発言を平にご容赦頂きたく」
逡巡していると、鈴を振るような声が聞こえてきた。
誰何するまでもない。よそゆきの声のルネリア(ちょっとウィスパーが入っている)だ。
ちなみに意訳すると、「仕方ないですね。埒が明かないので代わりましょうか?」となる。
好きにしろ、と舌打ち混じりに呟き、俺はフォークを口元に運ぶ。
略さずに言うと「黙れ。勝手に音を立てるな――と言いたいところだが、リヴィエット嬢の言うことも全く理がないわけでもない。好きにしろ」であり、これをまた意訳すると「お願いしますよルネリアさん!」になる。
ありがとうございます、とルネリアは深々と腰を折った。
それからアイナの方を向き直り、控えめに一礼する。
「——リヴィエット様。恐れ入りますが……」
「……あー、そうだね。場所変えよっか」
背後で、二人が連れ立ってどこかに行く気配がする。
周りの目もそちらを追い、出入り口へと消えた後は俺へと戻り、やがて行き場を無くしたように霧散していく。
……やれやれ。
助かった……のか?
***
結局、五分少々してルネリアが一人で戻ってきた。
アイナの姿はない。うまく切り抜けたということだろうか。
流石はルネリアだぜ! と褒めたい気持ちと、でもなんだかんだでお前が元凶だよね? という気持ちで複雑な心境だ。
「一体、どんな話をしたんだ?」
学園長室に向かう途中。
人気のない廊下で聞いてみると、簡潔な答えが返ってきた。
「もちろん、奴隷論です」
「なに?」
「奴隷論です」
そんな「皆さんご存じ、あの!」みたいな感じで言われても知らねえよ。
「見てください、アルくん」
ルネリアはにわかに半歩前に出て、俺の視界に全身を映す。
「今の私は制服を着ています」
「はあ」
「つまりリヴィエット様がおっしゃったように、私はたしかに生徒としてここに居るのです。
……もちろん私の意思ではなく、アンブレラ様や学園の規定によるところが大きいのですが。ともあれ、魔術学園生としてここにいることを許されているのは確かです。が、その一方で――」
「なあ、もしかしてこの話って長くなるのか?」
「――やはり、私は奴隷なのです」
普通に無視して、ルネリアは熱を込めて語る。キモい……。
「リヴィエット様は少し勘違いしていらっしゃるようでしたが、『奴隷』というのは蔑称である以上に、その名の本質は契約。なにかを与えることで対価を得るという、いわばありふれた人生の営みの形に過ぎません。
そして当然ですが契約である以上――それは相互に作用します。
私がアルくんを主とし、縛り付けられている一方で、アルくんもまた、私に縛られているのです」
「…………」
「リヴィエット様も、今のアルくんのように深く得心のいった顔をしていました」
「いや、全然違うよ?
これはキショ……の時の顔だよ?」
「あ、思い出しました」
そういえば、とルネリアはまたも俺を無視した。こいつこういうとこある本当に。
「リヴィエット様から言付けを頼まれていました」
「え、俺に?」
なんだろうな。あまり良いものではないんだろうが。
「“主菜と副菜のバランスはもう少し見直したほうがいいよ”、と」
「…………」
「まったく余計なお世話だなあ、と言いたげな顔ですね」
「お前のせいだろ……(怒)の顔だ!」
「それはそうとして、これ以降アクシデントがなければいいのですが」
「まあなあ……」
ため息を吐く。
まさか、あんな堂々と絡んでくる勇者がいるとは。
アイナ=リヴィエット……。
できればもう二度と会いたくない。
まあ、明日からは朝食の時間をずらせば解決するだろう――。
と思いながら学園長室の扉を開けた瞬間、その完璧な計画は霧散することになった。
「――今日から、このアイナ=リヴィエットさんが剣術を教えてくれることになるからね」
…………。
……なんて?
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