アイナVS弱すぎ野菜食べ食べ異常水浴び奴隷趣味男


 複雑な表情を浮かべる少女アイナを隣に立たせた、アンブレラ曰く――。

 

 剣術指導ができる教師陣に頼んでみたが、軒並みだめだった。

 ので、このアイナ=リヴィエット嬢に指導をお願いすることにした。

 アイナちゃんはブリッグズ家の護衛として数々の実績を持ち、あの剣聖とまで呼ばれた父を云々かんぬん……。

 

 ……正直、頭に全く入ってこない。

 それよりも。

 

「――それは、あの……それとして、です、だが?

 彼女に、事情は……?」


 中途半端な感じになりつつ、衝撃から立ち直った俺はアンブレラの言葉を遮る。

 と、即座にアンブレラは両腕でバツ印を作った。


 これの意味するところはつまり、『いじめ役云々の事情を知らせていないし、知らせてはいけないよ』だ。


 なんでだよ。

 やだよ! 長時間やるの疲れるんだよあれ!


 ……それに、普通に気まずいんだよな。

 さっきめっちゃバチバチにやり合っちゃったし、流石にアイナも気まずそうである。

 ……彼女のこの様子だと、今この瞬間まで誰に剣術を教えるのかは伝えられてなかったんだろうが。


「じゃ、あとはよろしく! あ、ルネちゃんは残ってね」


 と、実に適当な感じで、俺とアイナは室外へと閉め出されてしまった。


 ……まだ数週間の付き合いだが、アンブレラの悪癖が身にしみて分かってきた。

 彼女は、周囲の人間の事情みたいなものをとにかく考慮しない。自分が頼めば、何だかんだ皆その通り動いてくれるものと普通に考えているのだ。


 ……まあ、実際その通りだから性質が悪いんだが。

 厄介なことに、アンブレラはその見返りを用意できる力を持っているからなあ。

 そのせいで俺は悪役を演じることになり、そしてアイナ=リヴィエット嬢も野菜食べ食べ異常水浴び奴隷趣味の男に剣術を教える羽目になっている。


「…………」


「…………」


 なので俺たちはある意味被害者同士のはずだが、漂うのは気まずい雰囲気のみである。

 

 一言も話さないまま、俺とアイナは例の校舎外れの草原まで来た。


「――それじゃ」


 模擬刀を手に取ったアイナは、深呼吸をひとつして軽く構える。


「とりあえず、打ってきて」


「…………ああ」


 ぎくしゃくとしながら、俺も模擬刀を手に取ったのだが。


「待って」


 はい。

 なにかあったのかと見ると、アイナはなんとも言えない表情を浮かべている。


「……あのさ」


「…………なんですかな?」


 ぎくしゃくしすぎて変な感じになってしまった。


「…………魔法は禁止、だから。いちおう、言っておくけど」


「分かっている」


「あとは……剣自体の材質変化もだめ」


「ああ」


「それから幻術の類いとか、薬品とか」


「やらん」


 死ぬほど信用がない。

 そりゃそうだが。

 にしたって念を押しすぎだろ。


「行くぞ」


 埒が明かないので振りかぶる。


 ……空を切った。

 

 うはは、と俺は笑いそうになる。

 これね、全然、だね。

 

 避けられた――というより、ような感覚。

 最小限の動き、完璧な見切り。それだけで彼我の差を思い知る。

 俺がアイナを討ち取らなければいけない立場だとしたら、今の初撃で謝罪と命乞いを始めているところだ。

 

「はッ! せやッ!」


 どんな風に剣を振るっても全く当たる気配がない。

 アイナの重心があまりにブレないので、避けられているというより、俺自身がおかしいことをしている気分になってくる。


「――そこまで」


 振り下ろした剣先を靴で軽く踏まれ、ストップがかかる。

 短時間だったはずだが、とんでもない疲労感。

 いい汗かいたよね。俺だけがさ。


「…………よわ」


 爽やかに額を拭っていると、グサッとくる呟きが聞こえた。

 俺がもう少し弱き生き物だったらその台詞だけで死に至っただろう。

 “よわ”て。

 確かにそうなんだけど一番傷つくよそれは。

 

 何やら考えてこんでいたアイナは、俺の視線に気づいてハッとした顔になる。


「あ、う。そうじゃなくて」


「そうじゃなくて?」


 なんだ? 言ってみろ。


「……あの“白闇蛇”にしては弱いなって意味」


「…………」


 例のやつルネリアのしわざである。

 謂れのない二つ名が俺を苦しめるぜ。


「それは……人違いだ」


 純度一〇〇パーセントの真実を口にすると、アイナはあっさり「だよね」と頷いた。

 ダークフォルトの名を冠する同姓同名の冒険者が他にいるとは普通考えにくいが、今の打ち合いで確信できたのかもしれない。


「じゃあ――今度はこっちから行くから」


 アイナが木刀を構える。

 その顔はなぜか、すっきりとしているようにも見えた。

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