完璧な一日の最後の一日を完璧なものにするために。

「そう……ですね。おおむね、よろしいかと」


「……ああ…………」


 ルネリアのいつもの台詞に、半ば呆然としながら呟く。


 

 ――勝てた。



 追い詰めた。

 ようやく……ようやく、ここまで……。


 詰めていた息を吐くと、思い出したかのように手が震えてきた。


「ああ……そう、だな……」


「……アルくん?

 ……大丈夫、ですか?」


「…………だいじょうぶ、だ。

 ただ、ちょっと……そうだな、お茶でも淹れてくれないか。

 三人分、頼む」


 思わず涙が零れそうになるのを堪え、ぐっと拳を握った。

 当然、その奇妙な要求に、ルネリアはこてんと首を傾げる。


「三人……ですか?

 アルくんを除いても、ここにはひとりしかいませんが……」

 

「なんで俺を除くの……?」


「しかし、言いつけには従います。私は、アルくんのものですから」


「ねえ、なんで俺を除いたの?」


 ルネリアが無視して部屋を出て行くのを見送ってから、俺は顔を覆って長いため息を吐く。




 ――あの日。

 ソフィアに覚悟を問われたあの日から、何度も何度も負けて、負け続けて。

 

 そして。



 そして、ようやく……。


「……ようやく、ここまで来たかぁ…………」


 ――あともう一歩……いや、もう一振りだった。

 

 何度も何度ももう少しのところで破れなかったチートみたいな性能の意味不明な剣術を、俺は、ようやく突破したのだ。


 地面に尻もちをつき、俺を見上げるセロくんの目には――たしかに、敗北を認める潔さがあった。

 それでも、彼は「降参」とは言わなかったし、観客も彼の敗北を認めなかった。



 観客は、待っている。

 何周も何周も現実を否定して、待っているのだ。



 無能力者の決定的な敗北。

 当然そうあるべき帰結。


 強者である俺が、木剣で容赦なく無能力者を打ち付けるその瞬間を。

 アルター=ダークフォルトらしい決着を。


 そして、俺は剣を振り上げて――。




「……ぜんぜん、十年かからなかったな」



「セロくんを倒す」と決めたあの日から、せいぜい……たぶん一年くらいだろうか。


 俺もソフィアも正確に把握しているわけじゃないが、それにしたって当初の十年っていうのは過大見積もりもいいところだ。


 へへっ、俺ってもしかして才能があるのかもなあ! 

 と、鼻をこすりたい気持ちもなくはないが……当然、俺ひとりでは本当に十年以上かかっていたかもしれない。



 ルネリアからの高度二重魔術ダブルキャストの指導。

 そして鍛錬に付き合ってくれたアイナ……なにより、ソフィアの正確な攻略情報があったから、これだけの短期間でここまで来ることができたのだ。


 

 それに、魔術のほうはともかく剣術はまだまだといったところだ。

 セロくんが同じ行動を“繰り返して”いたから勝てただけで、あのチートみたいな受け流しをポンと使われたら対応できる気がしない。

 

 ……本当になんだったんだあれは。そりゃ剣士のほうが魔術師より強いわけだよ。みんな、魔法を捨てて棒を持とう!



「……泣き終わりました?」


 そんなとんでもなく気の利かない台詞と共に、ルネリアが部屋に戻ってきた。


「…………いちおう言っておくけどそれ、気遣い方を間違えてるからな。

 どうせなら最初から最後まで気付かないフリしてくれよ」


「あ。アルくん、居たんですか」


「それは最初からすぎる」


 三つのカップを、ルネリアがテーブルに置く。


「……思えば、いろいろありましたね」


「ああ……ほんとに…………ほんっっっっとうになぁ……!」


「そんな万感の思いを抱くほどですか……?」


 そんな会話をしていると、俺の視線の先でドアが開いた。

 ルネリアは認識できない。小さな少女が入ってきたことも。


「……アルターくん」


「お疲れ。とりあえず、座れよ」


 俺がそう手を挙げると、


「……アルくん?」


「――どうして、最後に降参したの」

  

 怪訝そうなふたりの声が、重なる。

 俺はルネリアに「まあまあ」と目配せして、ソフィアの問いに答える。


「だってまだ、犯人が誰か分かってないだろ?」


「…………それは、そうだけど」


 ソフィアが歯切れ悪く頷いた。

 そうだけど……の続きは、口に出されなくても分かった。



 ――もういいよ。どうでもいい。

 どうせ、誰が犯人なのか確かめる術はないんだし。

 わたしはもう、見切りをつけたよ。

 

 

 おおむね、こんなところだろう。


 ……でも、本当は諦めきれないはずだ。

「もういい」はずはないし「どうでもいい」わけもない。俺にとってもそうなんだから、ソフィアにとってはなおさらそうだろう。


 ……ソフィアが「犯人が誰か」って話題を露骨に避けるようになったのは、俺がセロくん攻略まであと一歩と迫ったころだったと思う。


 たぶん、俺に迷いを抱かせたくなかったんだろう。だから、もう良くて、どうでもいいフリをしている――。

 

 

 違うかな。

 確証はない。ずいぶん長いこと一緒にいるが、この幼女のことは未だによく分からん。

 ……まあ、違っててもいいや。

 


 俺は“最後の日”のために温めていた推理を、勝手に披露することにした。

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