ノックスが斧持って殴りかかってくるレベルのクソ推理。

「――きっかけは、ルネリアの台詞だった」


「なんの、話――」


「ルネリアは、いつもこう言うんだ。

 『そう……ですね。おおむね、よろしいかと』って。」


 俺にとってのループを告げる言葉。

 幾度となく、ときに絶望しながら聞いたその台詞。

 


 それ自体に疑問に思ったのは、つい最近だった。


 そういえば、これって――。


「――『おおむねよろしい』んだ? 

 ……ルネリア、俺たちは何の話をしていたんだっけ?」


「え……」


 急に話を振られたルネリアは困惑していたが、独り言を言っているようにしか見えない俺の様子は一旦置いておくことにしたらしい。


「それは……決闘イベントに際しての、イレギュラーが他にないかの確認です」


「その通り。

 じゃあ、イレギュラーとは……なにがあった?」


「アンブレラ様が、自身の不在を理由に決闘イベントの延期を提案したこと。

 ――」


 ルネリアは、簡潔に答えた。



「土曜日のことです」



「土曜日……?」


 ソフィアが眉をしかめる。

 そう、もちろん、それに関しては説明が必要だ。


「ありがとう、ルネリア。

 また独り言を大きめに呟くが、気にしないでくれよな」


「通常は到底不可能な言いつけですが、分かりました」


 快く分かってもらったところで、話を進める。


「――毎週土曜日。俺とアイナとルネリアは、ワルダー=イービルジーニアスと共に、とある人物の暗殺計画を練っていた。

 その人物とは、アルター=ダークフォルト。……つまり、俺のことだ」

 

「うん………………ん?」


「毎週土曜日。俺とアイナとルネリアは、ワルダー=イービルジーニアスと共に、とある人物の暗殺計画を練っていた。

 その人物とは、アルター=ダークフォルト。つまり、俺のことだ」


「………………ごめん、いきなり頭がおかしくなりそうなんだけど。

 聞き間違いじゃなければ、なんか自分の暗殺計画に参加してる奴が出てこなかった?」


 まあそりゃ混乱もするさ。

 なんなら、自分で言ってて意味が分かんないもんな。


「ワルダー=イービルジーニアスっていうのはだな――」


 俺はワルダーくんとの話を初めから語る。


 ルネリアたちを尾行することになったこと、認識阻害眼鏡、そして酒場での出会い……。


 ディテールにこだわりすぎて「それはもういいから」と五回くらい言われたが。


「……なるほど。

 自分の暗殺計画に参加することになった流れはよく分かったけど……それで?」

 

 そう、それで、だ。

 本題はここからである。


「第二回暗殺会議までは、まあ良かった。『どうしようねえ』とウンウン唸っているだけでなんとかなったんだ。ところが」


 ところが。

 三回目――つまり、はそうもいかなかった。


「……おい、ほんとにやる気あるのか? というかルネリア、ずっと『ご主人様は無敵です』みたいなことしか言ってなくないか? あと、この冒険者ふたりはなんのためにここにいるんだ?」


 と、ワルダーくんがついに疑い出したのだ。


 ここでこの暗殺会議が崩壊すると、ワルダーくんの独断専行による暗殺リスクが高まる上に、動向を掴めなくなってしまう。

 

 だから一瞬の目配せのあと、ルネリアが、


「――実は、お耳に入れておきたいことがあるのですが」


 そう打ち明けることになったのは、仕方のないことと言えた。


「主人は、どうやらウィンドライツ様に決闘を挑もうと考えているようなのです」


「“どうやら”……? はッ、どうせ口だけだろうな。

 どうもセロを毛嫌いしてるみたいだが、あいつがやってるのは小さな嫌がらせに過ぎない。

 それがいきなり決闘など……その気があるとは思えないな」


「わたくしも、実のところそう思っていたのですが。

 ……どうやら本気のようで、来週の火曜日には……と準備をしておられます」


「…………本当、なのか?」


 いま思えば、ワルダーくんの目の色が変わったのはこの時だった。


「……ってこたぁよ! そのアルターなんとかが決闘中にセロに殺されっちまうかもしんねえよな!

 つまりこりゃあ、暗殺に繋がる情報っちゅうことでこの会議の有用性を極めて示していることになるよな!? 俺たちもルネリアも、ここにいていいよな!?」

 

 ……そしていま思えば、この俺の台詞はどう聞いても怪しすぎた。アルター=ダークフォルトから離れようとしすぎてキャラもおかしい。


 が、幸いにしてワルダーくんは「そうだな」と、ほとんど上の空のまま頷いていた。

 そんな様子に俺たちはほっとしつつ、あとは酒を飲みつつ「どうしようねえ」とウンウン唸る作業に戻ったのだが――。



「――このとき、ワルダーくんは分かっていたんだと思う。

 現実的にセロくんが勝つのは間違いないが、観客はそうは思わないはずだ、って」

 

 思い返せば――。

 彼はセロくんが特殊な出自だということを知っていたし、教会との繋がりもある。


「そして、この神聖魔法を使うことを思いついて、スクロールを取り寄せ、準備をした……」


 はず。


 …………ここが、この推理の最大のウィークポイントなんだよな。


 もし真実がこれだとすると、偶然ワルダーくんがこの改良神聖魔法の存在を知っていて、それをたかだか三日程度で準備できたことになるんだが……。

 

 しかしそれ以外の点に無理はない。


 まとめると、こういうことになる。


 ――教会は、アンブレラの元に居る俺とセロくんを疎ましく思っていた。

 その意向を汲んだワルダーくんは、実家の商会のため、俺の排除を目論んでいた。

 そしてその状態で、図らずもセロくんと俺を無力化できる、一挙両得とも言えるチャンスが舞い込んできた……。

 

 それが、俺の推理だった。


「そっか……。

 そっかぁ……」

 

 ――そう頷く彼女がなにを考えているのか、正確なことは分からない。

 それでもソフィアは、俺の説明に口を挟まなかったし、聞き終えても「そっか」と繰り返すだけだった。


 ……本当は、言いたいことはたくさんあると思う。



 ここに来てワルダー=イービルジーニアスって、なに? とか。

 もっとはやくピンと来てくれて良かったじゃん! とか。


 

 それに関しては、俺がワルダーくんを甘く見ていたというか、舐めきっていたというか、あんな茶番会議で重要なことが起きるわけがないと思っていたというか……。

 普通に忘れていたというか……。


 そこを詰められたら、すみません……と頭を下げる準備はできていたのだが。


「……うん、納得した」


 ソフィアはそう言って、顔を上げた。

 俺は思わず「本当か?」と問いただしそうになったが――その表情を見て、やめた。



 嘘くささのない、力の抜けた自然体の笑顔。


 だから。

 よかった、と俺は素直に思った。



 ソフィアは本当に、どこかのタイミングで心の整理をつけていたのかもしれない。

 犯人が誰か、という問いに固執しなくても良くなったのかもしれない。


 ……きっかけは分からない。

 それはもしかしたら、俺の存在のせいっていうのもあるかもしれない。

 

 かもしれない、ばっかりだ。

 謎の幼女がなにを考えてるのかなんて、犯人が誰かって話よりも憶測まみれで判断するしかない。


 でも――。



「アルターくん、ありがとう」



 ――そうソフィアが言ったのは確かだったから。

 それでいいか、と俺は思った。

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