3.2.1――上映開始と本番に弱い女。
「ここが――オルド魔術学園か」
門扉をくぐったその人物は、その広大な敷地と学び舎を前に圧倒されていた。
魔術の発展を百年は前に押し進めたとも言われる稀代の魔女、アンブレラ=ハートダガーが学園長を務める世界有数の魔術学園である。魔術を用いた戦闘から、新たな魔術の研究に至るまで、学び、発展が生まれる。
魔術の震源地。
そこに、自分のような人間が立っている――直前まで深くその意味を考えたわけではなかったが、とんでもない間違いを犯している気がしてくる。実際、そうなのだろう。
(だけど、それでも――)
そう拳を固めた、そのときだった。
「――っ」
声なき悲鳴が聞こえて、思考が中断される。
自らの足下。そこでは地面に倒れこんだ少女が、まさに身を起こそうとしているところだった。
うつむき、流れるような銀の髪に隠されたその表情は見えないものの、なにかを堪えるような気配がする。
思わず駆け寄り、気がつく。
女子用の制服を着た、銀髪の少女。
……その首筋には、緑色の首輪が巻かれていた。
つまり、この子は――と、その意味が脳内で言葉になる前に、
「――失礼」
という声が、頭上から降ってきた。
男がいた。
冷たい目をした男だった。
その目が、わずかに動いた。起き上がろうとしている少女を一瞥したのだ――と分かった瞬間、なぜか猛烈に嫌な予感に襲われる。
やめろ、という制止は間に合わなかった。
男の脚が彼女を蹴り上げる。その華奢な身体は衝撃で浮き上がり、路傍の花壇へ転がっていった。
「……通行の邪魔だったな」
なんの感情も表れない声で、男が詫びを口にする。
それから、激しく咳き込んでいる少女に鬱陶しそうに目を向け、手のひらを突き出す。
「チッ……。
アルター=ダークフォルトが命じる。黙れ」
「――――っ」
息ができなくなった少女が喉元を抑える。
「よせッ!」
「なぜ」
あざ笑うように、男が問う。
「これは俺の所有物だ。道に広げたままでは周囲の迷惑になる。だから片付けた。そして今後、こういったことがないように教育する。俺にはその義務がある。だからそうしている」
「その子は人じゃないか!」
「……見解に大きな相違があるようだな」
男は今度こそはっきりと嘲笑した。
衆目が集まってきたからだろうか。やがてその腕を下げると、銀髪の少女は膝から崩れ落ちた。
……短く呼吸をしているのが見て取れる。わずかに安堵した。
「――なんの騒ぎです!」
そのとき――咎めるような声が響いた。
眼鏡をかけ、白衣を着た彼女は倒れ込んでいる少女に駆け寄り、しばらく首筋に触れたりしている。
しばらく、息が詰まる沈黙があった。
「…………」
「…………」
皆、固唾を呑んでその様子を見守っている。
「…………」
「………………」
まだかな? という雰囲気すら流れ出した。
と、そのときだった。
「う、ううむ!」
と声をあげたかと思いきや、白衣の眼鏡をかけた女性は意外な膂力で彼女を抱き上げて走って行ってしまった。
……なんだったんだ? とは、この場にいるほぼ全員が思い浮かべた感想である。
通りすがりの教師か、医者だろうか。
そんなことを考えていると、
「…………オレの名前はアルター=ダークフォルトだ!」
やにわに、男が名乗りを上げた。
「……え?」
「お前の……お前の名前は?」
なぜ今急に自己紹介の流れに? と困惑しないこともなかったが、答える。
「セロ=ウィンドライツ……」
「フン、まるで魔力を感じない名前だなッ!」
「す、すごいな。名前で分かるのか……?」
「ああッ!」
力強くアルター=ダークフォルトが頷く。
「
もう噂になっているのか、とセロは驚く。
隠すつもりはないし、隠しきれるはずもない。いずれ明るみに出ることではあるが、それにしても早い。
「カスがッ」
面罵された。
「二度と話しかけるな、無能力者がッ」
憎々しげな目を最後にくれて、男は大股で去って行った。
とんだ変わりようである。
「……いろんな人がいるなあ」
後に残されたセロは、そう呟くしかなかった――。
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