エピローグ 終





 ――そして。

 日々は拍子抜けするほど穏やかに流れていく。



***



 俺に対する世間の風当たりはあまりよろしくないが、セロくんに対してはだいぶマイルドになった。


 ……風当たりってマイルドって表現するか? それは口当たりじゃないか? ……まあいいや。

 とにかく、わりと好意的になっている。


 

 理由はもちろん、嫌味で奇行とかもする奴隷持ちのダークフォルト野郎をコテンパンにしてぶちのめしたからだ。あれだけの強さを見せれば、そりゃ一目置かれるよ。



 反対に俺はイキリ散らかした挙げ句、無能力者ミュートレイスに実質的に負けたカスとして日々生き恥を晒してダンゴムシみたいな生活をしています……。


 と思いきや、案外そうもならなかった。



 やはり、高度二重魔術ダブルキャストを使ったのが大きいだろう。まあ、使える時点で冒険者なら“二つ名”確定みたいな激ムズ技術だからな。




 というわけで、なんだか知らないが「どっちも凄いけどそれはそれとして負けたのはダサい」みたいになっており、評判としては決闘前とあまり変わらず、腫れ物扱いされているのが現状である。


 ……なんだそりゃ。






「――アルター様。

 昼食を買ってまいりますので、少々お待ちください」


「ああ、ありがとう。

 ……っていうかもういい加減、外でその奴隷のふりするのやめてもよくないか?」


「ふり!?!?!? ふりって言いましたか今!?!?!? マジの奴隷なんですけど!?!?!?!?!?」


「ご、ごめんて……」




 ぷりぷりしながら購買に向かうルネリアを見送りながら、俺はベンチに腰掛けて。



 やはりふと、考えてしまう。



 俺を助けてくれた、あのふわふわの髪をした少女のことを。







 ソフィアとは一体、誰だったのか?



 ――わたしの本当の姿を知っていたのはだけ。

 

 

 ……何度思い返してもしょうもないヒントであることよ。

 


 だが……実のところ、その正体については目星がついている。

 


 それはワルダー=イービルジーニアス犯人説と同じく、確証はない。

 ……というか、ワルダーくん犯人説より突飛もないとは我ながら思う。



 

 思うんだが……。

 どうしてだろう、妙な確信がある。

 

 

 だからこうして俺は、答えが出た問いを何度も引っ張り出して眺めたりもする。

 



 ――まず、ソフィアはあの第二訓練場の中にいた人物で、女性だ。

 

 ただしその姿は偽っていて、しか本当の姿を知らない。



「ひとりしかを知らない」ではなく、「本当の姿を知らない」とソフィアは言った。


 つまりこれは、訓練場にいた誰もその姿を見ていないのではなく、姿を偽っていたために「本当の姿を」知らないという意味だろう。



 ゆえに、人々の認識と記憶でできたあの世界では、偽りの姿のソフィアと、それから本物のソフィアが同時に存在していた、ということになる……。

 

 そこまで考えると、、ひとつの可能性が浮かび上がってくる。

 つまり――。


 

 

 

 ソフィアは、セロ=ウィンドライツであり――。

 セロ=ウィンドライツは、ソフィアが男装した姿だ。


 

 

 

 ……無理があるかな、とは思う。

 でも、それ以外の答えは出ない。俺としてはしっくり来ている。

 

 セロくんがソフィアだとすると、ちょっとした疑問にも答えが出るのだ。




 ――たとえば、ソフィアが対セロくんの攻略情報を的確に出せたこととか。



 そもそもアンブレラがセロくんの実力を疑って決闘イベントなんかやらせたのも、男性として聞かされていた「セロ=ウィンドライツ」が女性だったことに気付いたからじゃないか? とか。


 

 あの小柄で中性的な顔立ちは、そう考えるとかなり女の子っぽいよな、とか。

 

 そしてなにより、決闘の最後で……まあ、きりがないか。



 ともかく、多くの人間が知っている偽りのセロ=ウィンドライツという姿と、本人しか知らない本物の姿――ソフィア。

 そして、本物であるソフィアは、例外的な存在としてあの世界に出現するしかなかった。



 ……そういうことなんじゃないだろうか。


 となると、セロくん――いや、セロちゃんの自己像があの幼女ということになるが……まあ、そこは色々あるんだろう。


 世界に同じ姿の人間が存在できないとか。

 そもそも、闇の組織出身なのだ。もしかしたら「本当の自分」で居られたのがあの年齢だけだったとか。



 まあ、分からん。


 

 俺が持っている情報はあまりに少ない。

 神聖魔法のことも分からないし、組織のこととかもさっぱり分からない。



 そして、それを補強してくれる、意味深でまどろっこしくて頼もしい相棒も、この世界にはいない。




「あ」



 その声に、ふと顔をあげる。

 目映い日光が目に入り、一瞬顔をしかめて再び目を開けると。




 ――そこには、セロ=ウィンドライツが立っていた。



 

 昼食を食べる場所を探しているのだろうか。

 その手にはパンの包みを持っている――というかよく見たら、それはサンドウィッチだった。


 わざわざ街まで出かけたのか……気に入ったんだな……。


 

「…………」


「…………」



 目が合ったのはいいが、何かを言うわけでもない。


 なにを言えばいいのか分からない。

 いっそ、セロくんに「おまえ、ソフィアか?」と聞いてみたくもなる。

 

 

 だけど、それはできない。



 俺は、約束したからだ。

 正体を詮索しない。そう言って、俺と彼女は手を結んだのだ。




 だから、代わりに。

 深呼吸をしてから。



「……あのとき、どうして降参なんてしたんだ?」



 ――それじゃ、するね。



 あれから一ヶ月も経って、ようやくそれを訊く。

 心臓が早鐘を打ち、後悔の念が這い上ってくる。



 

 あー……。

 あーあ。ついに訊いちゃった。


 

 どうしよう、きょとんとされたら。

 今さらその話? みたいな。

 もっと言うべきことあるよね? 今までごめんなさいとかさあ、みたいな。

 



 ――けれど。

 

 

「だってさ」



 と、セロは笑っていた。

 それは、いつものような曖昧な笑みではなく。

 

 

 力の抜けた、自然な笑みだった。



「……そのほうがカッコいい――でしょ?」


「――――……」



 ――……そこは敢えて『降参するね』とかだったらカッコよくない?



 そのとき、俺は……。

 不意に、鼻の奥が熱くなるような感覚に襲われたけど。


「――敢えて、か?」


「敢えてね」


「……スポーツマンシップに則ってるな」


「…………スポーツでもないし、スポーツマンでも……ない、けどね」


 気のせいでなければ……。

 そのときのセロの声は、少し喉に詰まったようにも聞こえた。


 

 俺は……それに気付かないふりをした。



 ――仮に。

 仮に、ソフィアがセロだったとして。

 そこには、俺のあずかり知らない事情があるはずで。

 

 そうするのが正しいと思ったから。

 俺は、そういう約束をしたのだから。




「……ありがとう」


 俺は、暖かな陽光に去って行くセロの背中にそう呟く。

 

 それから――遠くの建物からこちらに向かってくるルネリアの姿を、俺は飽きもせず眺めていた。




 


***

 



 それは、たぶん夜だと思う。

 大きな湖の上で、俺はぷかぷかと舟を浮かべたりしている。


 

 そしてときおり、舟の上で手を振ってみる。

 よく見えないけど、きっと誰かは、同じように舟の上で手を振り返してくれている。

 

 

 俺は、それを信じている。


 ――そういう繋がりが、俺たちにはもうできている。





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【完結】奴隷持ちの俺が学園に入学したら、主人公キャラに絡む“やられ役”になりました……。 秋サメ @akkeypan

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