“契約とはなにか?”
……何者なんだろう。
いやもちろん、教師ではあるのだろうが。
その一言では片付けられない雰囲気が、その老人にはあった。強者のオーラというか。
「まずは“契約学”が何か、という話から始めるとしよう」
席に着いたのを見計らって、老人は語り始める。
「前年度まで呪術学の単元に含まれていたものの一部を、今年度から独立させたものだ。恐らく学問として扱うのはこの学園が初となるだろう。しかし私に言わせれば、呪術と“契約”は表面上似通ってはいるが全くの別種だ……」
眼鏡の奥の目が、なぜか面白そうに俺を見た。気のせいかもしれない。
「さて。君たちふたりは、アンブレラに言われて来た。そうだな?」
俺たちの返事を待たず、老人が立ち上がる。
「となれば今、さぞや“この得体の知れない授業が、自分たちの目的にどう利するのだろう”と疑問に思っていることだろう。
その答えは、これだ。彼女から、君たちに渡すように頼まれているものがある」
とん、と教卓に置かれたのは……何かの瓶だった。薬瓶のように見える。
……強化ってもしかしてそういう
「ただし、これを今すぐに渡すというわけにはいかない。
歩くためには立ち上がる方法を知る必要がある。賭けに勝つためには、まず負け方を学ばなければならない。物事には基礎があるが、それは大概自身で理解しなければ何の意味も為さないものだ。分かるね?
ゆえに私は、君たちにある質問をする。質問には正解がある。それを君たち二人で出したまえ」
一気にそこまで語り終えた老人は、深く息を吸って板に文字を書き付ける。
そこには、こう書いてあった。
“契約とはなにか?”
「回答権は一授業につき一度だけだ。意見がまとまったら、隣の教室まで来なさい。私は本を読んで待っている」
***
「……わかった?」
「分からん」
隣で考え込んでいたアイナがようやく話しかけてくれたので、俺は満を持して即答した。
老人が教室を出てすでに十分が経過している。
しかしこのキャラ、誰かと話し合うのに適してなさすぎだろ。
このまま無言で終わって答えを出せず、セロくんに惨殺されるのを待つばかりかと思ってヒヤヒヤしたぞ。
「お前はどうだ」
「……“お前”っていうのやめて」
「フン。
ではアイナ=リヴィエット嬢は、どうお考えかお聞かせ願えるかな?」
我ながらめんどくせえ~~~。
今さらだがこんな全方向に嫌な奴である必要あるか? セロくん以外からも刺される可能性あるだろこれ。
アイナは露骨に顔をしかめた。すみませんほんとに。
「あたしは……よく分かんない。
てか、そっちの方が詳しいでしょ?」
「“お前”は駄目で“そっち”はいいのか?」
「……だね。ごめん。
なんて呼べばいい?」
雑に嫌味を言ったつもりだったが、素直に謝られて肩透かしを食らった気分になる。
今朝の一件では「強気な恐れ知らず」という印象だったが、正確には違うのだろう。なんというか、芯が通っている――そういう奴なのだと思った。
それか、俺が異常に弱いので舐められてるだけなのかもしれないが。
「なんでもいい」
「偽白闇蛇とか」
「それはやめろ」
「じゃあ……ダークフォルトくん?」
「…………」
壮絶に嫌だった。
「……アルターでいい」
「なんでも良くないんじゃん。
で、アルターはどう思う?」
いきなり呼び捨てかい。
別に嫌な気分はしないがキャラ的には咎めておいたほうが…………いや、いいや面倒くさい。
今はそんなことより課題である。
「契約とは当事者同士が結ぶ、社会的な拘束力を持つ合意――と言ったところか」
「どうかな。そういう一般的な答えを聞きたいわけじゃないと思うけど」
まあなあ、そうだろうなあ。
「根拠は?」
うーん、とアイナ。
「なんか、答えはあたしたちの中にある的な……そういう感じの言い方だとおもったから。
基礎がどうとか、実感がどうだとか」
「で、おま――アイナ=リヴィエット嬢の中の答えは?」
「いちいちフルネーム、めんどくさくない? アイナでいい。
それがイヤなら“師匠”でもいいけど」
そうのたまって口元を皮肉っぽく緩め、すぐに表情を硬いものに戻す。
「あたしの答え……そうだね。
…………絆、とかかな」
「“契約”がか?」
「……なんとなくね。アルターの考えとは違うだろうけど」
絆……絆ね。
どうなんだろう。俺にとっては契約は絆というよりも――。
『私がアルくんを主とし、縛り付けられている一方で、アルくんもまた、私に縛られているのです』
「…………あ」
かちり、とピースがハマる感覚があった。
「クク……なるほどな」
「え、なにか分かったの?」
「ああ。間違いない」
俺は高笑い寸前の様相で立ち上がる。
正解のない答え……。
老人から向けられた、面白そうな視線。
『君たちふたりは、アンブレラに言われて来た。そうだな?』という言葉。
そして、今朝ルネリアがアイナにも語ったという奴隷論(意味不明)――。
つまり、ルネリアとアンブレラ、そして老人がグルだとすれば……話は簡単だ。
まったく、なんてことはない。
契約学などというものは存在しない。
これは、手の込んだ茶番である。
さしずめアンブレラが用意した、俺とアイナの絆を強化するイベントといったところか。
そこまで分かれば、自ずと答えも見えてくる。
唐突に語られたルネリアの奴隷論。
これがこのイベントで使う鍵になっていたというわけだ。実に洒落臭いことである。
「行くぞ。
――答えを叩きつけてやるッ!」
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