【完結】奴隷持ちの俺が学園に入学したら、主人公キャラに絡む“やられ役”になりました……。

秋サメ

プロローグ

プロローグ①

「初級魔法も覚束ない無能力者ミュートレイス如きが……」


 背後から聞こえてきた苛立たしげな声に、セロは振り返った。


 前髪を上げ、その目つきの悪さを遺憾なく発揮している男が、まさに胸ぐらを掴まんという勢いで詰め寄ってきていた。


 ――アルター=ダークフォルト。

 

 入学式以来、彼の嫌悪感に溢れた視線を感じない日はなかった。

 

 その嫌われようといえば、いっそ、同じクラスにならない方がお互いに幸せだったのではないかと思えるほどである。


「もう限界だ……! お前の存在そのものが、神聖なるオルド魔術学園に対する愚弄……ッ」


「……愚弄って。そんなつもりはないんだけどな」


 セロはただ事実を口にしたまでだったが、それが火に油を注いだ。

 アルターの顔色が、朱色を通り超して蒼白になる。まさにいま、怒りの頂点を超えたのだ。


「セロ=ウィンドライツ……」


 セロを指さし、アルターは静かだがよく通る声で宣言する。


「放課後、貴様に“決闘”を申し込むッ……!」


「ちょっと!」


 セロが反応するまえに、燃えるような赤毛の美少女――ロミリア=クレストが抗議の声を挙げる。


「セロ、受けちゃだめ!

 “決闘”は魔法を含む全ての力での闘い――」


 ロミリアが言葉を呑み込んだのが、セロには分かった。

 その続きはおそらくこうだ――「魔法の使えない“無能力者”のあなたでは、勝ち目なんてない!」。

 

 彼女に心配されなくても、“決闘”の申し込みなど受けるつもりはなかった。


 勝てない闘いだから、ではない。


 波風を立てずに学園生活を送る――それがセロの目標であり、理事長であるアンブレラとの約束でもあった。

 それに、アルターの不興を買っている訳は……共感できないものの理解はできるのだ。


 

 選ばれた血筋であり、優秀な魔術師であるアルター。さらに彼は剣術にも秀でている。

 そこには天賦の才だけではなく、相当量の努力があったに違いない。

 

 そんな彼からしてみれば、試験を免除された一般の血筋である自分のような存在は、なによりも許せないものだろう。

 ひとたび“決闘”を受ければ、彼は比喩ではなく殺すつもりで来るだろうと想像できる。


「フン、女に庇われるとはな。……腑抜けが」


 アルターの言葉に同調するかのように、そこかしこで嘲笑があがる。ロミリアをおいて、すすんでセロの味方になる者などいない。


 

 それが、無能力者ミュートレイスというものの立場だった。



 なにも、この学園においてだけではない。

 一時に比べ小康状態とはいえ人魔戦争のただ中であり、魔族や魔物との小競り合いは日常茶飯事だ。魔法能力を持たない無能力者ミュートレイスを自分より下に見る者たちは多い。当然の反応と言える。


「アンタ、さっき剣術の授業で負けたからその腹いせに――」


「――ダークフォルト家に刃向かうその意気は認めてやる。

 だが、義憤に駆られる前に少しは頭を使うべきだ。

 たとえば――このことが社交界に広まれば、君の父はどんな立場におかれるか、などをな」


「…………ッ」


 ロミリアが目を逸らし、唇を強く噛んだ。

 クレスト家はいわゆる弱小貴族だ。ダークフォルト家に及びもつかない。たとえ二人の魔術、剣術が同程度に優れていても、両家の力の差は歴然としていた。

 

 ダークフォルト家の子息に楯突き、無能力者をかばい立てする……父は美徳だと褒めるだろう。だが貴族社会では、それは間違いなく醜聞になる……。ロミリアに迷いが生じるのも、無理はなかった。


「ロミリア、僕は大丈夫だ。彼が不快に思うのは当然なんだから」


「セロ…………」


「チッ……能力もなければ勇気もない。

 お前のような無能は、このオレが手を下すまでもなく野垂れ死ぬだろう。

 それまで仲良くそこの馬鹿女と連んでいればいい。

 ――おい! 帰るぞ!」

 

 興が醒めたとばかりに踵を返して、アルターが少女に怒鳴りつける。

 彼の後方で控えていた長い銀髪の少女は、びくりと肩を震わせた。

 

 見目麗しい少女である。

 制服の品の良いブレザーとスカートも、周りの女子生徒と変わったところはない。



 だが、その首には“所有物”であることを意味する緑色の首輪がついている。


 使用人ならばともかく、学園内に奴隷を持ち込み、身の回りの世話をさせることを許可されているのはアルターくらいのものだ。

 哀れな少女は注目を集めていることに気がつくと顔をさっと赤らめ、ご主人様の後を追おうとしたが、


「……っ」


 足をもつれさせて転んでしまった。

 す、と振り返ったアルターの目が細くなる。


「――どいつもこいつも……」


「やめろ!」


 なにが起こるかはっきりと分からぬまま、咄嗟にセロは叫ぶ。

 思わず、クラスメイトたちも固唾を呑んだ。


 だが、アルターは躊躇なく手をかざし、指を折る。


 その瞬間――。


「あッ……ぁああ……ッ」


 少女の押し殺した悲鳴が、重い空気の中で響いた。

 “首輪”によって与えられた苦痛に、少女はくの字に身体を折って伏す。


「愚図が……愚図が愚図が愚図がッ」


「あ――――」


「なにごとにおいても、決してオレの足を引っ張るなッ。

 奴隷の身でありながら、この学園に足を踏み入れられたことを光栄に思えッ」


「――――」


 苦しみから逃れようと、彼女の手が床を掻いている。

 すでに声もなく、ただ痙攣だけが彼女の苦しみを表していた。


「――アルター=ダークフォルト」


「……あ?」


 下卑た笑いを貼り付けたまま、アルターは自身の奴隷が悶えている姿から視線を移す。



 そこには、があった。

 

 まるで大気を焦がし、冷たささえ感じさせるほどの熱が――少年の形をしてそこにあるかのようでさえあった。

 そういう風に、アルターの目には見えた。


「な…………」


 思わず彼は“首輪”に力を注ぐのをやめていた。


 その異様な雰囲気に、誰も口を開かない。

 ただ、苦しみから解放された彼女の荒い息づかいだけが、教室に落ちている。

 

 そして、痛いほどの沈黙に満ちた数秒が経ち――。



「――君に、決闘を申し込む」



 セロが、そう宣言した。

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