第4話 初めての
警戒する
杖を握り直したアシュアが、
「
「手加減なしで行くわよ。目指すはエネロ、クリア条件はたぶんユーナちゃんが生きてたどりつくこと。開幕ぺるぺる、
端的な指示に、三人の「OK」が重なる。「つーかぺるぺる……」怪しい魔術師が低く唸った。
しかし、ユーナはかぶりを振った。
「い、いえ、わたしも、あの……」
短剣を引き抜き、胸元で握りしめる。ユーナの紫の瞳は弱々しく揺れていた。
それを見て、アシュアは楽しそうに笑う。
「ふふっ、セルヴァを守ってくれるかしら?
「――はい!」
確かに与えられた、パーティーの一員としての役割に、ユーナは目を瞠り、喜びを込めた声で応えた。
「
「
彼女の加護が、ユーナに行先を示した。ごくりを息を呑む彼女に、セルヴァがタイミングを告げる。
「行きます」
爆風と煙が止み、森狼の視界が完全に開ける前に、走り出す。一瞬、シリウスが焚き火を後ろへ蹴り飛ばしているのが見えた。セルヴァの右隣に、ぴったりとユーナは付き従うように走った。
ユーナに見える
魔術師の炎が、ユーナの行く先に回り込む魔獣を時折まとめて焼き尽くし、背後から迫る森狼は剣士が斬り捨て、合間に神官の加護や治癒が発動していく。その連携に、ユーナは逃げながらも感嘆の溜息をつくのだった。
その視線を星明かりが照らすほうへ向けた時、それは見えた。
「ひっ」
森の木立の奥、赤い無数の小さな光。異様な光景にユーナは息を詰めた。
その時。
もぞり、と足元で何かが動いた。
「――!」
思いっきり彼女は魔幼虫にそれを突き刺した。上段から体重を掛けた突きは、見事に魔幼虫の急所を貫き、グラフィックが粉々に砕け散る。
ピロリロリンッ♪
緊迫した空気に全く不似合いな、軽快な音楽が森に響く。ユーナは周囲を見回しながら、手早く初めての
「わ~、ユーナちゃん、レベルアップおめでとう!」
『おめでとう!』
「――ありがとうございますっ」
セルヴァも嬉しそうに微笑んでいる。と、ふとユーナの手元で視線が止まった。
そして、魔幼虫の群生を見て、呟く。
「ペルソナ、ここで少し引き止めて下さい」
「――了解」
今も複数の術式を撃ち放っている魔術師への指示。
短い了承を得、セルヴァは無数の光のほうへ走り出す。一瞬、ユーナは迷ったが、覚悟して隣に付いた。
このまま、あの中に入ったらどうなるのか、そんなこと、考えたくもなかった。
足元が何とか見える程度なのに、
「あの……」
「心配ですか?」
頷く。それだけでは見えないし、わからないと気付いて、ユーナは「ハイ」と口にした。その時、後ろから閃光と爆風が巻き起こって息を呑む。そのタイミングに合わせるように、セルヴァが矢を番えていた。それは、今までとは違って、かなりの太さに見える。
「大丈夫です。すぐに来ますよ」
ぽつり、と彼が聞かせてくれた言葉は、確信に満ちていた。
「
撃ち放たれた矢は、無数に分かたれて赤い光に襲い掛かる。敵対行為に攻撃態勢をとっても、群生しているためにもじもじと動くしかないラルバは、こちらに牙を剥く前に沈んでいく。
たった一撃。
それだけで全ての魔幼虫が砕け、風に散った。見渡す限りの
「では、準備しましょうか」
まったく疲れの見えない爽やかな笑顔が、何だかとてつもなく怖くて、またもやハイと答えるしかなかった。
セルヴァから、魔幼虫のドロップである小袋を集めてほしいと言われて、拾い上げていく。あっという間に、三十を超える数が集まった。何匹いたのか考えたくない。
本当に小さな小袋は、アイテム説明に
地面に一本だけ矢を立てて、座り込んで何か細工をしている様子のセルヴァに、小袋を手渡す。ドロップには爪の先ほどの小さな魔石もいくつかあったが、それは持っていていいと言われた。突き刺した矢の周囲に、無造作に小袋をばらまいている。
「あとはペルソナに任せましょう。僕たちは少し離れておいたほうが……あ、すみません。遅かったか」
言い終わる前に、彼は暗闇へと弓を弾いていた。
木立の陰から飛び出してきた森狼が、あっさりと散っていく。
ユーナはまったく気づかなかった。
もう追いついてきたのだろうかと短剣を構え、周囲を見回す。しかし、視界には何も見えない。
また一矢、放たれる。
今度は木立の上から、森狼が降ってくるところだった。全然見えていない。むしろ見えていなさすぎの自分がイヤになってくる。とっさに、レベルが上がったのだから、スキルを振ればわかるのではと思い至った。
「あ、戦闘中にスキルを決めないほうがいいですよ。取り返しがつかないので」
悠長に画面を開いていることを悟られたのか、無造作に弓を弾きながらの声かけに苛立つ。わかってはいるけれど!
「でも……!」
「今はほら、あんなのも沸きましたから、戦闘に集中してもらえるほうが助かります」
金属の鋭い音と、生々しい唸り声が重なった。
――グルァゥ!
本当に唐突だった。
今まで見てきた森狼よりも、その姿は一回りか二回りも大きく見える、それ。
そして、その牙を大剣で防いでいるのは、まぎれもなくシリウスだった。地図にパーティー・メンバーの表示はあるのに、気づいてなかった。
「全部倒したら沸いたな……っ」
「最初からいなくてよかった、じゃないかな?」
下がって、と弓を構えながら後ろを示すセルヴァの動きに合わせて、下がろうとした。
ここは現実世界ではなく、アスファルトが敷かれた道路でも、綺麗に整備された公園でもないことに、そろそろわたしは理解すべきだと思う――と、木の根に足をひっかけて尻餅をついて、痛感した。
「……っ!」
ぐらついた視界の中、闇に慣れた目にまぶしい光が刺す。
重い、衝撃の音が耳に届く。地面にくずおれるセルヴァ。引き攣れた声。
地面がゆっくりと、しかし明らかに赤く染まるほどの、出血。
それでも彼は、弓を構えた。
声も出なかった。
――ねえ、これってほんとにゲームなの?
ひとり、森の中で、これよりも小さかった森狼に追いかけられている時にも思ったこと。
――死んじゃうの?
大きく肩を上下させる彼の、荒い呼吸。
いまだにこちらに向かって唸っている、ツメを真っ赤にさせた大きな森狼。
大剣を構えなおして、間合いを見計らう剣士。
笑顔がとても綺麗だったのに、今はとても険しい顔をした女性神官。
ただひたすら見た目は怖いけれど、優しい「おめでとう」をくれた仮面の魔術師は、また杖をかざしていた。
――イヤ。絶対に、イヤ……!
あれは、私を狙っている。それなら。
体のほうが、勝手に動いた。
セルヴァの陰から出て、彼が仕掛けていた細工のすぐそばに立った。
森狼からは一直線。遮るものは、何もない。
当然、森狼は迷わなかった。同じくらい、彼らも迷わなかった。
「
「来たれ
「
「
魔術師の炎はセルヴァの矢に命中し、その下に積まれた小袋を燃え上がらせた。
神官の加護はユーナを包み込み、大剣は森狼の爪を弾き、牙を折り、横から突き刺さった光の矢と合わさって魔術師の炎の残る小袋の細工の上へと森狼を叩き込んだ。森狼の真下で爆発が起こったが、あっさりと炎自体は消えてしまう。周りには、微かに金色のきらめきが残るばかりだった。
それでもなお、森狼は立ち上がりかけ……動きを止める。
HPは赤。
ユーナは、短剣を振りかざし、全力で森狼の頸にその刃を叩き込んだ。全体重をかけて短剣の柄に力を入れると、更に短剣が奥に入っていくのがわかった。
その時。
ふわりと甘い匂いがした、ような気がした。
急速に遠ざかる意識の中、確かに名前を呼ばれたのを覚えている。
とてもうれしかったのを、おぼえている。
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