第357話 勝利の道へ、たどりつくために
自身の手に戻った剣を鞘に戻すことすら後回しにして、彼の指先が結名の頬に伸びる。
「見事だ」
端的な称賛は、そのすべてを物語っていた。冷たさは届かないまま、ただアークエルドの高揚した心を伝えた。
【だから、あの時も最初から喚んでたらよかったんだよ】
「う……っ」
未だにMPバーが半減したままの地狼は、己の主のそばへと身を寄せながら、悪態をついた。そのとおりだと思うので、結名は言い返せない。
「キゥゥッ!」
【来るぞ!】
甲高く鳴いた
背を丸めた
「
耳慣れぬ
羽ばたきひとつに光を撒く、聖なる鳥。
――それは、
その姿もその名も伝承の中でしか知らなかった
「
「旦那様!」
そのまなざしが、閃光と化した。二つの赤は一つに集い、そこから聖鳥の視界に広がるように無数の赤線を走らせる。扇形に放たれた射線から逃れようもない。
「かーさま!」
「かぁさま!」
起き上がったばかりの双子姫は、とっさに母の前にその身体を盾にすべく投げ出した。しかし、逆に
ほんの一瞬の出来事だった。
「え……」
ブラックアウトしたパーティーメンバーのHPバーに、柊子は目をみはる。それだけではない。無傷な者のほうが少ない状況に、息を呑む。確かに、
にもかかわらず、という点において、彼はつぶやく。
「聖属性、ですか」
あの閃光は、神術結界を貫いてなお、
同じ聖域の範囲内にいた双子姫と
「――あなたたちが生きてて、よかった」
その身体が、砕け散った。
呼吸をすることさえ、忘れていたかもしれない。
彼女が砕け散るさまに、奏多は息苦しさをおぼえた。
なぜ、自分は、あそこにいなかったのだろう。
双子姫に守られるべき彼女が、最後の最後に双子姫を差し置いて自分自身の安全を選び取るはずがないことくらい、わかっていたではないか――。
「な……何で……あたしなんか……っ」
その声は、自分のものではなかった。
今にも泣きそうな声が、衝撃にくずおれていた自身の意識を上向ける。守り切った命に対して振り返り、奏多は告げた。引き裂かれそうな心は、そっと脇に置いておく。だって自分は……そう呼ばれたくはないけれど、
「え? 私のファンなんだから、守って当然だよね?」
くしゃくしゃになった
「だっ、誰が――っ!?」
こんな時だけ、と日和ならきっと苦笑するなと思った。
目の前から
だが、先手を打たれてしまった。
結名の手には
そこへ、彼が駆け込む。
「シャンレン!」
呼びかけは、制止ではなかった。弓を番えたままで、
視界の端に弓手を捉えつつ、上空目掛けて
「――
足元の交易商に意識を向けていた聖鳥は、弧を描いた彼の矢に対処できなかった。
その銀朱の翼に、炎の花が咲く。
「主殿」
赤いのに、それは凪いだまなざしだった。確かにその色を自身へ向けて、彼は魔剣をかかげて礼をした。
「御前、失礼する。――アルタクス、アデライール、任せた」
そして身をひるがえす。向かう先に
「目覚めたのちには、またお茶の淹れ方をご指南いたしましょう」
「アズムさん……?」
そのことばは確かに結名に向けられていたにもかかわらず、どこか遠く聞こえた。ただ彼は、カタカタとしゃれこうべを鳴らし……振り向きざまに胸に手を置き、頭を下げた。
「では」
短い別れのことばを告げ、その身体が前へと駆け出す。手首を使い、その銀盆は高く、聖鳥へと投げつけられた。
魔術具から、長剣が完全に消える。まだHPは残っていたが、攻撃手段が失われたことに衝撃を受けた。打てる手を、と考えた時、その声と黒い剣が差し出された。
「シリウス、これを」
「……カードル伯?」
そういえば。
いつから、名前を呼ばれるようになったのだろう。
その事実に気づいておどろきながらも応えると、銀糸の外套をまとった彼は一歩こちらへ踏み込んできた。耳元にまで身体を傾けられ、息を呑む。
「使うがいい。あとは頼む」
その手から、剣が消える。次いで、かつて使っていたステッキが現れた。彼はそのまま、身をひるがえす。――サンクオルニスと名を冠した、巨鳥のほうへと。
言いそびれた礼を、小さく口の中でつぶやく。視界に魔剣ローレアニムスへと変更する旨のウィンドウが残っていた。「はい」を選ぶと、魔術具が黒の剣を呼び出す。その特性を説明するウィンドウへ重なるように、骸骨執事の手から銀盆が放たれるのが見えた。
「キゥゥ」
【よもや、聖なる鳥が相手とはの……】
苦鳴にも聞こえる声音が、耳元に響く。アデライールのことばに、結名は目をみはった。銀盆は
闇色の冥術陣が形作られる。その攻撃は、届いた。
「
聖鳥は、生きるために足掻いた。
再び放たれた赤光は、まともに彼らを……交易商は元より、
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