第358話 夢が覚める前に
拓海は小さくため息をついた。視界からすべてのアイコンが消え、にぎっていた
シャンレンは散った。それでも、最後の一撃は無駄ではなかった。
立て続けに放たれた
「アズムさん……アーク――ッ!」
主の、切なる呼びかけに、
死者が生者に関わるべきではないと知っていても、黙って見ていられなかった。
拓海が駆け出す。だが、それを追い越すように空から黒い靄をまとわりつかせた
「ガゥゥッ」
鉤爪が届くより早く、
――間合いに入ってしまう。
拓海が足を止めた時、ため息交じりに彼は言った。
「もう十分だって、シャンレン。こっちは任せとけよ。っていうか、エスタのほう頼む」
黒い魔剣を携えて、
結名もまた立ち止まっていた。その手に
術杖をかかげた紅蓮の魔術師は、聖鳥と、もうひとりの背中を見つめていた。投刃をかまえたままで、タイミングを計っている
奏多の双剣が、地狼の牙によって傷ついた脚に追撃を行なう。しかし、触れた瞬間に彼もがまたダメージを受けていた。転がるように床に膝をついた奏多の背へと、
刃は素通りする皓星の身体に合わせて、深く切り裂いていく。そして、奏多の近くに彼もまた膝を落とした。奏多が床に手をつき、まるで聖鳥へ蹴りを入れるように飛び上がる。その攻撃は入り、聖鳥のHPを削った。こちらは素通りしていても、相手は弾かれたような
「
「――
投刃から広がる雷撃の網、次いで聖鳥の足元より火炎が吹き上がり、遂にその身を地面へと墜とした。痛みのあまりに暴れ回る
次いで開いたまなざしには悔しさをにじませながらも、声音は晴れ晴れとしていた。
「あとは、任せたよ!」
ただのペンライト状に戻った魔術具を軽く振り、彼もまた駆け出す。その足はまっすぐに、
奏多が砕け散った。それを認識した瞬間だった。
「――
発動した
「あたし、これだけあれば足りますから」
鮮やかに微笑んだ芽衣の指先が離れ、彼女自身の手首へと触れる。
「
その巫女装束をまとう全身を、帯電させる。髪の毛からも放電現象が見えた。
「じゃあ、おっきいの、お願いしますね!」
緋色の袴がひるがえる。
欠けた前衛の穴埋めに、彼女は急いだ。その背に小さく「ソル」と呼ばれたような気がしたが、もう芽衣は振り向かなかった。
術式の発動、そのためだけに黒い靄は聖鳥から離れただけだった。それは彼に戻ることなく、また聖鳥へまとわりつく。聖鳥は床に身を横たえ、暴れ続けていた。
「キゥ」
【主よ】
結名は、肩に留まった不死鳥幼生を見た。
【アークエルドは覚悟の上じゃ。ただ、そなたに勝利を捧げたいという気持ちを、汲んでやるがいい】
「……でも……」
【ユーナ、急がないと】
未だに黒い靄は
となりに舞い戻った地狼は、己の主をうながした。
【夢が、覚めるよ】
それだけで、
次々と失われていくプレイヤー。今もなお、痛みに耐えながら抗い続ける
不死鳥幼生が、天井近くまで舞い上がり、
彼はただ、主のことばを待っていた。
「……行こう、アルタクス」
その鼻先が、結名の頬へと触れた。彼女の誓句により、広げられた両腕から紫の召喚陣が広がる。うすい栗色のウィッグに、いつもの自分と同じ漆黒の髪が、重なった。
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