第351話 つわものども


 新たなる召喚術師サマナーは、女性だった。

 杖をかかげ、ヴィーゾフとは異なり、長い詠唱を口にしている。条件に術者に対する不干渉が含まれていなければ、前衛の刃によって息絶えていただろう。


「なるほど……これで二人目、というわけですね」


 一人の召喚術師が喚ぶ召喚獣、すべての討伐のみが勝利条件ではない。

 五人の召喚術師との対戦すべてで勝利しなければならない、というわけだ。

 日和エスタトゥーアのつぶやきに、芽衣ソルシエールは肩を落とした。


「道理で……このままだとあたし出番ないなって思っていましたから、そのほうがうれしいですけどね」


 次いで腕を組み強がるさまに、颯一郎セルヴァもまた口元をほころばせる。


「安心していいよ。きっと、次は数で勝負になるから」

「どこが安心できるんだ。……ふたりを戻せるか?」


 紅蓮の魔術師の問いかけに、日和は弦楽器ドゥラーテを爪弾いた。その音色に、召喚術師サマナーに対する警戒から母へと意識を移し、双子姫はそろって後衛へと駆け戻る。

 結名ユーナは逆に、前へと出た。地狼が付き従い、彼女が武器を持たない左手側に立つ。そのまなざしが、こちらを向く。


「何か気になる?」

【――ん……よく、わからない】


 アルタクスにしては、めずらしく歯切れの悪い物言いである。本当にそう思っているようで、不思議そうに小首をかしげていた。

 その声を耳から聞くというのも新鮮だった。いつもなら頭の中に直接響くくぐもった声が、今ならはっきりと聞こえるのだ。

 その尾が結名の身体を撫でるように動く。ふと結名は気づいた。自分たちは触れられないが、彼らは自分たちに触れられている。現に、アデライールは結名を止まり木にしていたではないか。


【ああ、そうか】


 結名が闘技場ドゥジオンの特性を理解したのと同様に、アルタクスも思い至ったようだ。


【ユーナの気持ちが、わからないんだ】


 本来ならばユーナの共鳴スキルによって伝えられる感情の波が、すべて断たれている。自分からユーナに触れることはできるのに、彼女を乗せて駆けることはできないと。そんな不可思議な夢の中で、それでもアルタクスは自身を見誤ったりしなかった。


【けど、別にいいよ。そんなの】

「え……」


 この地狼は、ことばを紡ぐことを不得意とする。だからこそ、彼が語ることばの一つ一つは宝石のように貴重で、結名はしっかりと耳を傾けようとしていた。その気持ちを一蹴するように鼻を鳴らされ、困惑する。

 漆黒のまなざしが結名に向けられる。あきれたような声が、耳元で響いた。


【ユーナはユーナだろ。見てたら全部わかるし、だからへーき】


 いつもとちがい、やけにアルタクスが自分を見ていると思った理由がわかった。何で今、この毛並みに触れないんだろうと、結名は不満に思う。伸ばした指先は、空を切った。それでも、地狼は心地よさそうに目を細める。

 その時、遂に術式マギア・ラティオが完成した。


「――召喚アンヴォカシオン石軍ゴーレム・イクサーティトゥス!」


 

 その魔物の種類を耳にし、皓星シリウスは舌打ちをした。よりにもよって、アイテムが使えないフィールドだ。爆弾魔セルヴァ炎地雷ホォヤン・ディーレイが封じられている今、あの硬さをどう処理するかが最大の難問となる。

 巨大な召喚陣は、術者を中心に描き出された。文様のひとつひとつから、巨大な石人形ゴーレムが出現する。その数、五体。

 ふらりと、術者の身体が揺れる。そのようすに、追加はないと理解した。

 長剣をかかげる。その刃に、望む力が宿る。


炎の加護フィアンマ・ギベート


 紅蓮の魔術師から、炎の祝福が舞い降りる。彼の長剣だけではない。奏多の双剣シンクエディア、拓海の戦斧ウォーアクス不死伯爵アークエルド魔剣ローレアニムス、地狼の身体、双子姫の方天画戟ガウェディガイス鎖鎌クラモア……次々と灯る炎属性の力に、歓声が響く。

 結名の肩へと、不死鳥幼生アデライールが戻る。その朱金の翼が大きく広げられ、結名の短槍マルドギールが応えた。不死鳥フェニーチェの力を受け、赤の宝玉がきらめく。


「よろしくね、マルドギール。ありがと、アデラ」

「キゥゥ」

【この婆の炎を宿すと、そのまま熔かしてしまうゆえのぅ】

「だよね……」


 悔しそうなことばに、結名の苦笑が漏れる。

 おそらく最強の白炎ブランカ付加が可能なのだろうが、耐えられる金属がない。短槍マルドギールも、火霊フォティアの力によって炎属性を帯びているに過ぎないのだ。

 その槍を軽々と手首で回し、結名は強くにぎった。

 ゴーレムの一体が、一歩前へ出た。たったそれだけの動きでも地響きが聞こえる。実際にアリーナは揺れているのかもしれないが、結名たちは体感できない。その身をふるわせた地狼アルタクスらのようすで察するだけだ。


「――炎爆矢ショーラ・フレッチャー!」


 ほぼ直進する矢ではなく、弧を描く爆矢が放たれた。それはたがわずゴーレムの一体の頭部に直撃し、その衝撃で火薬を炸裂させ、上半身を吹き飛ばす。そこにコアがあったのか、無惨にもたった一撃でそれは動きを止め……砕け散った。

 結名は振り向く。遥か後方から放たれた一矢は、唯一の弓手が放ったものだ。その彼が誇らしげに笑む。


「フィニアからの餞別だよ。矢っていう形なら持っていけるからってさ」


 今、ここにいない友の応援が届く。黄金の狩人フィニア・フィニス十字弓アーバレストでは同じ矢でもボルトという短いタイプの矢を使う。セルヴァが扱う弓は長弓で、そもそもの矢の長さも、バランスさえも違う。あの戦いのあと、その加工を施して熱病に魘されるセルヴァの枕元にまで持っていったというのか。

 昨日訪れたと聞いた。実際にこの闘技場ドゥジオンを体験し、勝利と敗北を得て、あの狩人もアリーナを去ったはずだ。同じフィールドに立たずとも、一角獣アインホルンのメンバーが、力を貸してくれている。その気持ちが、巨大なゴーレムの群れすらもがらくたに見えてくるほどの自信を生む。

 自身に最も近いゴーレムへと対峙する。その腕が、ゆっくりと振り上げられた。


「行くよ、アルタクス!」

「ガゥ!」


 ――負けられない。


 結名は速度を上げるアルタクスの背を追う。

 大振りの腕の動きを完全に見切り、地狼は回避した後に頭部まで飛び上がった。鋭い爪が炎の力によって強度を増し、その肩近くを抉る。視界があるのかどうかはわからないが、至近距離で受けた攻撃に、ゴーレムは背後に降りた地狼のほうを警戒し、頭部を後方へくるりと向けた。その間に、結名は足の関節部を狙う。やや小さめの石の要へと、マルドギールの穂先を打ちつける。火霊フォティアの、マルドギール自身の支援がなければ、単に弾いてしまうような攻撃だ。だが、マルドギールは不死鳥幼生アデライールの力を受け、持ち主の意図を汲むかのように、穂先が敵の身体に触れた瞬間に、炎を爆発させた。関節を失い、片足の自由を奪われたゴーレムの全身が揺れる。

 傾く。――結名のほうへ。

 そう気づいた時、アルタクスによるいつもの回避は使えないことを思い出した。


「ユーナさん!」


 全身鎧に包まれた腕が、結名の腹部へと回された。力任せに引かれ、そのまま、倒れ込む。鈍い音を立てて、石の塊は結名たちの足元へと転がった。地面近くになった頭部へと、戦斧ウォーアクス。それは頭部から傷の入った肩口までを穿ち、その場に落ちた。入れ替わるように、ゴーレムが光に還る。

 耳元で、熱い吐息が零れた。


「今度は……間に合いましたね」


 床よりもやわらかな感触が、背中から腰の下にあった。全身鎧は見た目だけだ。結名はあわてて自力で立ち上がる。


「ごめ、ごめんなさい! だいじょうぶ!?」

「……尻餅ついただけですから」


 苦笑して、拓海は立ち上がる。その動きは軽く、何の問題もないと結名に伝えた。最近肉付きがよくなったと嫌でも悟らされている女子高生は、クラスメイトに被害を及ぼさずに済んだと安堵した。


【気をつけなよ】

「痛感したよ……」


 地狼のことばに、しみじみと応える。

 その視界の中で、拓海は落とした戦斧を拾い上げていた。手を離しても、あの魔術具端末は各自の武器のままのようだ。いつのまに手首のガードを外していたのだろうかと、結名は感心した。


 一対一にはならない。

 複数の敵が目の前にあり、自身のほうが人数が多い場合には必ず一対複数で敵対すること。

 その基本を、一角獣アインホルンのメンバーは基本的ことば通りに守っていた。結名たちが一体のゴーレムを倒すあいだに、奏多と皓星と不死伯爵アークエルドは、前衛としての役目をしっかり果たし、その攻撃対象となってタゲ取りで翻弄する。三人で三体を相手取りながらもHPを着実に削っていく。削り切れない部分は、遊撃にあたる地狼や結名、拓海で集中攻撃を掛けることで倒しきった。後衛に近づくゴーレムは双子姫が直接攻撃を仕掛け、輪舞のごとくに舞う。日和の手元から旋律が流れ、その支援によりわずかに彼女たちの技の発動が早くなっていた。

 そして、彼女らとともにと張り切っていた芽衣ソルシエールだったが、……思いっきり蹴りでバランスを崩させようとして、失敗した。攻撃自体はしっかり効いたのだが、今の、本来の自分の服装を忘れていたのである。腰を落として軽く関節部に蹴りを入れたつもりだったのだが、思いっきり足が跳ね上がった。その涼しい感覚に、あわてて緋袴を押さえる。ぺたりと座り込む形になった彼女の身体を柊子アシュアの聖域の加護が守り、炎の矢がゴーレムの核を貫いた。


「お前、体術使うな!」

「……はぃ……」


 なお、顔を真っ赤にして返事をする芽衣に対して怒鳴る真尋ペルソナの顔も、同じくらい赤かったと、後に柊子は証言している。


 敵の数を減らせば、その分こちらの攻撃の手数が増える。

 回避を優先させつつ、ヒット&アウェイを地で行けばゴーレムは危険ではない。


 この闘技場ドゥジオンというフィールドに困惑しながらも、彼女たちは戦い抜き……三人目が、ついに呼び出されたコールされた

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