幻界のクロスオーバー

KAYA

序章 広がる世界

第1話 追うモノ追われるモノ


 ほんの少しだけ。

 閉門の鐘が鳴るより早く、戻らないと。


 初心者用の短剣を手に、足を踏み入れた森。

 夕暮れの残光が、生い茂った木立の隙間からそこかしこに射していた。

 チュートリアルで見かけた魔物はまったくいない。小さな虫とかうさぎとかねずみがいるはずなのに、と周囲を散策しながら、ユーナは進んだ。そもそも、道らしき道も見えない。

 本人はあまり意識していないが、彼女が立てている葉擦れの音は相当大きく、静寂に包まれていた森をいろいろと打ち破っていた。

 お気軽にレベル上げと、戦利品ドロップ稼ぎをと思っていたのに、予想は大きく裏切られていく。狩り場が悪いのだろうか。あとどのくらいでタイムリミット?と首を傾げれば、すぐに視界の中でデジタル時計が拡大された。あと、十分ほどで閉門の鐘が鳴る。


 そろそろ戻って、宿を取ろう。


 あきらめて身を翻す……と、木の根につまづき、前のめりに姿勢を崩してしまった。あわてて手近な木に手を置き、難を逃れる。すると、つい一瞬前まで立っていた場所で、何かが空を切った。

 鋭い風の音に、びくりと身を震わせ振り向く。


 そこに、魔獣はいた。


 ユーナを敵と認識して、唸り声をあげている。ユーナの背丈よりわずかに低いだけの魔獣の頭上、彼女の目の前には、はっきりと赤い幻界文字で「森狼フォレスト・ウルフ」と書かれていた。今まで見てきた中で、最も大きい体躯に驚きはするが、まだ始まりの町アンファングのすぐ傍である。ユーナは落ち着いて初心者用の初期装備……短剣ダガーを両手で構えた。


 森狼の息遣いが、感じられる。

 VR《ヴァーチャル・リアリティ》の生々しさに顔をしかめた。


 ――だいじょうぶ、当てればいい。


 チュートリアルを思い出しながら、ユーナは短剣を勢いよく正面へ突き出す。

 森狼は大きく退き、刃から逃れる。……短剣は、当たらない。

 ユーナは首を傾げた。命中率が低いのか、攻撃速度が遅いのか、判断がつかない。だが、そんな思考回路を、魔獣は悠長にながめて待ってはいなかった。


 森狼は、ユーナ目掛けて跳躍した。

 とっさに、木陰に身を隠す。その鋭い爪が、彼女の盾になった木の幹を抉った。深々と入った傷を見て、ユーナは息を呑む。


 マズイ。


 隔絶されたようなレベル差をそこに感じ、ユーナは森の奥へと駆け出した。


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