第334話 師匠と呼ぶなってば
どんな妄想をしていたら、職場にいる女の子がゲーム世界で自分を師匠と慕って付きまとっていることに気づけるんだ?
責められている自覚はある
「鈍すぎませんか!? 師匠!」
どうコメントしろと?
真尋は絶句したまま、彼女を見返す。
「え、えええっ!? ソルちゃん!!? うっそー!」
「ふふふふふ」
驚愕の声を上げる
「おどろかせるのはあなたの専売特許ではありませんよ」
「って、エスタ知ってたの?」
「ついさっき」
「知らなかったんじゃないの!」」
その会話で、
「というわけで、わたくしたちは準備してまいりますので。ソルシエールさん、ペルソナを逃がさないように」
「はい!」
「そこ、うなずくなよ……」
両手ににぎりこぶしを作ってうなずく
どこかの不死伯爵のごとく肩をふるわせる
「むしろ、こっちが年貢の納め時?」
「俺、帰る」
「ダメですー!」
自身の腕へとからむ、細い、腕。とっさに振り払おうとしたのは、むしろ条件反射だった。それは
あっけなく、その手が離れていく。そして、勢いがついたのか、
互いに、その事実に目をみはる。
「何やってんの!」
「悪い! 怪我してないか?」
「……はい」
俯きがちに呆然としていた
「まさか、振り払われるとか、思わなくて。
そうですよね。ここ、リアルでした」
「ああ、うん、リアルだよな……」
その事実の重さをあらためて口にするふたりへ、
「今更、何言ってるの? あー、もう、ホント怪我ない? だいじょうぶ?」
「ええ、だいじょうぶです」
周囲にいつのまにか走っていた沈黙が、それをきっかけに破れる。ざわめきを取り戻していくようすに、
「あんまりふざけるなよ。ゲームショウ開始前に退場させられるぞ」
「悪い」
「すみません」
大の大人ふたりがまともに学生から注意を受けているさまは、なかなかシュールだった。
「まあまあ、師弟のじゃれ合いですから」
「もう……まあ、同じ職場じゃあね。おどろくのも無理ないかしら。
それにしても、ソルちゃん、よくペルソナってわかったわね」
そのやり取りに顔をしかめていたのは
問いかけに、
「あたしが気づいたの、アシュアさんが来たからなんです、けど」
「私!? ……あー、チケット渡しに行った時? え、でも、別に……何も……」
自身のせいかと困惑する
思い当たる節があるなら、自分のほうだ。
「アーシュのせいじゃないって。……あれだよ」
「何よ?」
はぁ、と気を落とす
「あー……アーシュの、名前、呼んだんだよな……」
「アンタのせいじゃないのー!」
スパアアン!と、景気よく
遠くで舌打ちが聞こえた。無関係な観客のうち、孤独を自覚した者が不満を訴えている。
「そうですよ。師匠が呼んじゃうから、気づいちゃったんですー」
「自業自得! ソルちゃんはそれで気になって?」
「……はい」
「そっかー」
何となく、見た目的には
「姐さん、ペルソナさんたちの連絡先、わかるんですよね?」
「まあね」
「じゃあ、ごいっしょしていただけますか? チケットについてわかり次第、連絡するということで」
「え、皆で行けば……」
「ユーナさんやエスタトゥーアさんと入れちがいになると困りますから」
「あ、僕も……」
さりげなく
「わかった。俺とソルはここで」
「助かります。では」
見事な仕切りで、
ふたりきりになり、
「すみません、古賀さん……」
「あー……とりあえず、
「じゃあ、師匠?」
「それは
「でも、あたしにとってはやっぱり師匠なんです。実は、
芽衣が初めて配属された時、窓口対応の説明をしたのは、実は真尋だった。
全体説明は日和が担当したのだが、個別対応は半年だけ先輩にあたる真尋が自分の確認にもなるからと請け負ってくれたのである。彼がペルソナだと知ってから、結局職場で会うのは苦しくて……二日にはもう休みをもらってしまったほどだった。
そして、
訥々とそんな思い出話を語る中、真尋は口を挟まなかった。
ただ、反応がないな、と芽衣ががっかりしてことばを途切れさせた時、彼はまた息をついた。
「――おぼえてるけど?」
だから何?とでも続きそうな声音に、芽衣は視線を落とす。単に、どちらでもお世話になっております、と他人行儀なあいさつをしにきたわけではない。
嫌われてはいない、と思いたかった。
だから、一歩踏み出せば、きっといい意味で何かが変わると信じたかった。
「――あたし、ずっと師匠を守りたかったんです。えと、それくらい強くなりたかった、というか」
思いっきり眉間に皺が寄っている
「紅蓮の仮面、手に入れてから……師匠、炎特化じゃないですか。回避にも振らないし、ひたすら知力特化で、火力はあるけど防御は紙で」
前に出て戦えるようになるために、雷魔術だけではなく、体術を合わせた。
術式を連発して打ち出せるように、体術だけではなく投刃を取り、細工師の中でも彫金を選んだ。
MPが切れた彼が、真っ青な顔で倒れている姿を見て……MP譲渡のスキルを選択した。
どれもこれもが
「紙……まあ、守備はな。ただ、守られなければならないほど、弱くはないつもりだが?」
「そうですけど!」
バージョン1.0という前提が必要だが、彼は1.1に上がるまで、最高の炎の魔術師だったことは確かだ。炎魔術は雷魔術ほどではないが、初級であれば発動も早い。
今、バージョン1.1となり、レベルキャップが解放され、一斉に廃人たちがレベル上げを開始したために、おそらく彼の上を行く魔術師も出ているだろう。それでも、彼自身の炎魔術は、
それでも。
「師匠は、最強の炎の魔術師です」
きっぱりと言い放つ
「お前なあ、俺がいなくても強いだろう? まあ、物理的に言えばじゅうぶん俺より強いし」
それは
「もう、王都にたどりついたんだ。俺のことなんて気にせず、やりたいことをやればいいんじゃないか? 大聖堂に潜り込んだ時みたいに」
やっぱり伝わらない。
彼の防御力はエスタトゥーアによる術衣の護りのみ、と言っても過言ではない。誰かが前に出れば、彼の攻撃に合うスタイルで間合いを取れば、それだけで戦いの在り方は変わる。
その温度差には気づいていた。彼自身は……一度もそれを望んだことはなかったから。
「で、いいかげんさ、本当に師匠は卒業しろよ。お前といっしょに戦えば楽なのも、火力が出るのもわかってる。それは、俺が師匠だからじゃないだろう? ソルシエール」
ふと。
何かが、ひっかかった。
あきらめの中、拒絶を聞いていたつもりだったはずなのに。
「お前がいたからだよ。
ソルシエールがサポートに入ってくれるから、俺も全力を出せるんだよ。ソルの力だろ、それ。そこんとこさ、わかれよ」
はーっとため息をついて、身体を折って俯く。
師弟ではなく、対等な相手としてと。
――彼女もまた、ようやく気づいたのである。
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