第335話 変身
コスプレ受付を済ませ、登録証を受け取る。
初めての経験に、
ふと、
「ユーナさん、こちらですよ」
「はいっ!」
男女に分かれている更衣室のうち、もちろんふたりは女性のほうへ入っていく。登録証の確認を受けると、そこはひとつのホールを丸ごと使った更衣室だった。広大な空間に、会議室のような机がいくつも並んでいる中、多くのひとが着替えている。服を脱いでいるひと、着ているひと、メイクしているひと、胸を作っているひと、出来上がりぶりを見るとどう見ても男性なひと……。
「では、まず服を脱いで、こちらに着替えて下さい」
「え、これ……」
そのレジャーシートに広げられた衣装は、ユーナにとっては見慣れた形をしていた。もちろん、実物とは異なる意匠なのだが、縁取りには銀糸で刺繍が施されているところも、似ている。ただ、ウエストを締めるものは皮鎧ではなく、こげ茶色の飾り帯だ。
ユーナ自身が、
「ざっくりとしか作れなかったので、あまり細かいところは見ないで下さいね。いつもなら撮影に耐えられたらいいと思いながら作るんですが、今回はスピード勝負でしたので」
ふふ、と笑いながら、
「ユーナさん、割と気にされる方なので……」
昨夜の湯殿での醜態を思い出し、ユーナは顔を赤らめた。ありがたく受け取り、結名は着替えを始める。
「下着、白かベージュですよね?」
「あ、はい」
「なら、だいじょうぶですね」
あらかじめ受けていた注意を守り、しっかりとスコートも履いてきた。
「ユーナさん、何かアレルギーはありませんか?」
続けてたずねられた内容は、まるで病院で薬を処方される時か、予防接種の前置きのようなものだった。いえ、とかぶりを振ると、
「では、腕をちょっとお借りします」
腕?と首を傾げながら差し出すと、袖をまくり、片っ端から線を細く引いていく。くすぐったい、と身を捩らないように、
「これって……」
「印象を変える必要がありますから、軽くお化粧をと。でも、肌が荒れると困りますので……まあ、パッチテストの代わり、みたいなものですね。さほどアテにはなりませんが、過敏な方ならこれである程度わかるので」
黒、赤のほかにも、ベージュや茶色など色とりどり10本ほど引くと、日和はネットと、ウィッグを出した。その色合いもまた、ユーナの髪よりは色合いよりはやや明るめの色合いではあったが、ブラウンカラーである。
「ふふふ、ここからが本番ですよ」
ネットを広げつつ、
が。
「――ちょっと、座っていただけますか?」
現実的に身長が足らず、素直に
「そう、おとなしくしていて下さいね……」
耳元でささやく
チケットについて訊く、とひとことで言うと簡単なのだが、招待チケットである以上受付は一か所のみだ。チケット裏に書かれている場所は一般入場の入り口とは異なる場所で、ありがたくもコスプレ更衣室のある建物近くに設定されていた。
皓星が気になったのは、もちろん
「受付に行けば、優先して参加させてくれるはずだよー」という、疑わしいことこの上ない叔父の発言は結名から聞いていたのだが、本来ゲームショウでは整理券をもらうために、整理券配布専用の列に並ばなければならない。だが、その整理券配布専用の列の場所と、招待チケット用受付の場所は遠く離れている。
ちなみに、前以て皓星はチケット裏に書かれている連絡先に電話で招待チケットについてたずねたのだが、専用の受付においで下さい、と繰り返されるばかりで、現地でしか説明はしないという不案内ぶりだった。招待チケットの特性から考えても特別な代物なので、その具体的な対応が外部に漏れることを恐れてのことかもしれない、とは思う。
今回、皓星が父親から横流しされたものも、結名が叔父から贈られたものも、拓海が母からもらったものも同じ招待チケットだった。それが入場だけは早くなるという代物なら、整理券配布専用列までの移動を考えなければならない。そこが一番の懸案事項だったのである。
「実物確認しないと話せない、っていうことかしら」
「本人確認がない時点でザルなシステムな気がしますけどね」
辛辣な意見を口にするのは
受付どこかなあと皓星が携帯電話の画面と周囲を見比べながら歩く後ろで、不意に
「あー……このチケットってそんなにレアなの?」
「どうなんだろうな?」
先頭で、同じく足を止めた
「何だか……誰もいないみたいだよ?」
まるで幻界の
そこにはグレースーツを着こなした受付嬢が三名、早朝の寒さに負けることなく佇んでいた――。
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