第346話 目的

 その鋭い視線が、スマホとメモを持った女性衛兵たちへとまず向く。


「とりあえず、撮影、録音されているのでしたら即座に中止して下さい。私たちは幻界ヴェルト・ラーイのアトラクションを楽しみに来たのであって、取材に関して同意したおぼえはありません」


 取材。

 柊子アシュアのことばに、結名ユーナも息を呑んだ。

 ここで顔や素性がばれてしまえば、何のために仮装コスプレをしたのかがわからなくなる。幻界ヴェルト・ラーイのネームバリュー、更に名次奏多という存在が全国区レベルで知れ渡っていることからも、土屋へつながる道筋になりはしないかと背筋を凍らせた。

 緊張から困惑へと表情を変えた女性衛兵は、恰幅のよい衛兵隊長へとすがるように目を向けた。ニィィィィッと衛兵隊長は笑み、大きくうなずく。


「青の神官殿のおっしゃりようは至極ごもっとも!

 だが、できればこちらの話を先に聞いてもらえないだろうかね? 決して、悪いようにはしない。ああ、もちろん、皆さんを撮影した写真や動画、その発言を勝手に取材の成果にしないと約束しよう」


 そして、彼は

 そのしぐさを知っているのは、もちろん幻界ヴェルト・ラーイを知る者だけだ。不思議そうな顔をする女性衛兵取材陣は、きっと幻界ヴェルト・ラーイをプレイしていないのだろうと結名は思った。

 しかし、名次奏多の反応はちがった。

 おもしろそうに、口の端を上げたのだ。


「足りないわね」


 神への誓いですら不足と言い放つ彼女に、次いで衛兵隊長は記者たちへと向き直る。


「ほら、そちらのおふたりもよろしいですかな? 名次奏多くんの雄姿が欲しいなら、このメンバーに協力願うのがいちばんだ。そう、あらゆる意味で」


 衛兵隊長のやけに含みのあることばに、記者たちもまた大きくうなずいた。そして、柊子へと名刺を差し出し、言いつのる。


「私たちはゲーマーズプレイの津浦つうらと、早坂はやさかと申します。今回、名次奏多さんがミニコンサートを開催する直前のシークレットイベントとして、ドゥジオン・エレイムに参加するということで、取材させていただいております。

 当初のお約束通り、ドゥジオン・エレイムに関して、こちらからはいっさいの撮影はしないことになっています。写真データは幻界ヴェルト・ラーイからデータ提供を受けたものの中より抜粋で構成予定で、もともと、録音も彼へのインタビュー時のみで許可を得ていますから、あなたたちの音声は録音しません。……まぎらわしいことをして、申し訳ありませんでした」

「いえ」


 日本最大級のゲーム情報サイトの名前と、その内容を聞き、ようやく結名も胸を撫で下ろした。女性であるのは、幻界ヴェルト・ラーイを意識したというよりも、名次奏多を意識したせいだろう。争奪戦だったんだろうなと単純に思う。

 うぉっほん、とまたわざとらしい咳払いが響く。

 衛兵隊長へと視線が集中する。彼自身、その効果を認めたあと、吊るしてあるスタッフ証を手に重々しく口を開いた。


「申し遅れたが、私は株式会社セイレーン取締役、幻界ヴェルト・ラーイプロデューサーの長谷川はせがわ道久みちひさ。で、こちらが」


 衛兵コンパニオンと思っていた男性が、にこやかに笑みを浮かべる。


「株式会社セイレーン、幻界ヴェルト・ラーイディレクターの今井いまい駿しゅんです。あ、スタッフ証はちょっと着替えのとこに置いてきました……」

「はっはっは、気軽にみっちーPと呼んでくれてかまわんよ!」


 オープニングPVで流れた名前がふたつも上がり、さすがの面々も絶句した。




 まさかの運営上層部の登場に、柊子もあっけにとられていた。座るように勧められ、素直に腰を下ろす。それを合図に、今井ディレクターは説明を始めた。

 幻界ヴェルト・ラーイ初のゲームショウにおけるアトラクション参加はこの場にいる誰もが知っていることだ。

 今回、まず名次奏多が幻界ヴェルト・ラーイをプレイしているという情報が運営側に流れ、タイミングよくミニコンサートまで同じ会場で実施することもわかった。そこで、当日に時間が許すのであれば、ぜひドゥジオン・エレイムを体験してもらい、幻界ヴェルト・ラーイの良さをアピールしてもらえないだろうかというオファーを行なったそうである。

 だが、いろいろと問題もあった。その大半は運営側の努力でどうにかしたとごまかしつつ、彼は本題に入った。


「そんな私たちでも、解決できないことがある。

 ――ドゥジオン・エレイムが、パーティープレイを前提としていることだ」


 もともと、ミニコンサート実施のこの日の初回に、サプライズとして名次奏多が参加することは確定していた。ここで、運営側も想定しなかったことが起こる。それはつい先ほど……結名ユーナたちが幻界ヴェルト・ラーイのブースへたどりついた時に、わかったことだった。


 パーティー一角獣アインホルンを内包したクラン一角獣アインホルンのメンバーが、初回の整理券を持っている、と。


 要するに、偶然タイミングよく現れた結名ユーナたち一角獣アインホルンの面々に、名次奏多とその仲間、というスタンスで戦闘してもらいたいということだった。もちろん、戦闘について彼を立たせるように動けというわけではないと念押しを受けた上でだ。

 静止画として、取材陣には名次奏多とドゥジオン・エレイムのようすを中心に提供する。そして、動画はドゥジオン・エレイム本来の扱い方のみとする。

 そう。

 もともと賭けの対象となるため、ドゥジオン・エレイムでのようすは一度、幻界ヴェルト・ラーイのキャラクターとしてデータ変換され、スクリーンに映し出されるのである。但し、同時進行していく5つの試合のうちのひとつなので、それほど注目度は高くないだろうというのがみっちーPの談だ。


「こちらとしては、できればクラン一角獣アインホルンや皆さんのキャラクター名は記事に載せたいところだけど……」


 そこで、今井ディレクターはことばを切った。

 その視線を受けた柊子アシュアは、迷わずとなりのクランマスターエスタトゥーアを見る。日和エスタトゥーアはちらりと名次奏多を見た。ファンであるような、うっとりとしたものではない。どちらかというと、もっと冷静な……まるで、素材をながめるようなものに見えた。

 彼女のうすい桃色のまなざしを受け、びくりと名次奏多は肩をふるわせた。次いで愛想よく微笑みを浮かべる。

 日和の、リップグロスにきらめく唇が、ゆっくりと笑みを象る。結名は何となく背筋が冷たくなるような気がした。


「――クラン一角獣アインホルンの名でしたら、問題ないでしょう。ですが、キャラクター名はご遠慮願います」

「いや、それだけでもじゅうぶん助かります。ホント」


 本心からのことばだろう。今井ディレクターは頭を下げ、次いで名次奏多にも席へつくようにうながした。

 歩み寄るアイドルの実物へ、芽衣ソルシエールが小さく歓声を上げた。ファンサービスらしき笑みを贈りつつ、名次奏多は日和エスタトゥーアのとなりへと座る。


「いっしょに戦えるなんて、うれしいな。よろしくね」

「――あなた、戦えるんですか?」


 まるで戦闘態勢に入った舞姫メーアの如く、鋭い視線を名次奏多へと送り、日和エスタトゥーアはたずねた。名次奏多はおどろいたように瞬きをした。ひとつひとつの動きが、映える。

 そのまなざしとともに、自負を持ってうなずく。


「当然。足手まといにはならないよ」


 その手にあったタブレットの画面を机に置き、少し日和エスタトゥーアのほうへ寄せた。彼女はその画面へと視線を向け、小さく息をつく。


「……健闘を祈ります」

「さて、パーティー内での打ち合わせはちょっとあとにしてもらって、先にドゥジオン・エレイムの仕組みについて説明させてもらおう!」


 パン、と今井ディレクターが柏手を打つ。それに応えるように、場の照明が一段階暗くなった。


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