第347話 ブリーフィング


 スクリーンに映し出される、幻界ヴェルト・ラーイとドゥジオン・エレイムのロゴ、それが砕けて消えていき、参加者9人が幻界文字ウェンズラーイ表示のキャラクター名とレベル、ばっちり日本語表記のメイン職名とともに表示される。どこで隠し撮りされたのか、と一瞬考えたが、鏡の通路という簡潔な答えが自力で導き出された。なるほど、ここに連携されるのかと納得する。

 やはり気になるのは、名次なつぎ奏多かなたについて、である。キャラクター名はおそらく、「カナタ」と名前だけが取られている。「ユーナ」と「ナ」つながりで何となく察することができた。服装も今の格好と同じだったので、彼も彼なりにコスプレしているのかもしれない。ひとりだけ、やけにカメラ目線でポーズが決まっているような気がする。

 そして、職業は。


 ――双剣士?


 ここには外見だけ舞姫メーアならいるが、中身は人形遣いエスタトゥーアである。

 今回は剣士シリウスと、不死伯爵アークエルド、ちょっと無理をして交易商シャンレンが前衛として立つのだろうなとぼんやり考えていたのだが、彼が双剣士であるなら、なかなかバランスの良いパーティーになれそうだ。戦い方はさすがに舞姫メーアとはちがうだろうから、そのあたりを注意しなければならない。ユーナ自身は中衛、もしくは遊撃という形で参加するのが無難だろう。


 そこで、ふと首を傾げた。

 地狼アルタクスには、乗れない、よね……わたし。


 結名ユーナが首を傾げているあいだに、スタッフ側の出入り口から男性衛兵コンパニオンがそそくさと籠を持って入ってきた。中のものをそれぞれの前に並べていく。

 パッと見、スノーゴーグルと、やや長めのペンライトだった。その代わりに、タブレットが回収された。


「え、まだ確認が終わってないんですけど」


 思わず口にすると、今井ディレクターがにこやかにスノーゴーグルを持ち上げた。


幻界ヴェルト・ラーイに旅立つ時、皆さんは何がしかのVRユニットを利用されていると思います。同じように、ドゥジオン・エレイムでも、ユニットが必要になります。これはガーファスという、ドゥジオン・エレイムで遊ぶためのMRユニットです。掛けたら、きっとわかってもらえるかと。さあ、皆さんもどうぞ」


 そして、今井ディレクター本人も、スノーゴーグル……ではなく、ガーファスを掛ける。スノーゴーグルほども大きさがあるために、眼鏡をかけている皓星も問題なくそのまま装着できるようだ。結名もウィッグがずれないようにと気をつけながら、掛けた。

 息を呑む。

 そこに広がっていた光景は、先ほどまで見えていた控室でありながら……一気にVR感が増したように感じた。座っている面々の服装が、一様にスクリーンに映し出されたものに切り替わっていたのである。結名もやや夏向けのアルカロット産に似た服装ではなく、長袖のエスタトゥーア謹製の短衣チュニックへと衣装が変わっていた。

 しかも、視界の中に見えているアイコンは、幻界ヴェルト・ラーイでユーナたちが使っているものと同じ、UI《ユーザー・インターフェース》のものだった。思わず視線を自身のステータスへと向けると、ウィンドウが開き、拡大表示された数字がずらりと並ぶ。その行動も、反応も、ユーナたちの慣れ親しんだ幻界ヴェルト・ラーイのものと相違なかった。


「ごらんいただいている世界が、MR……ミクスト・リアリティと呼ばれるものです」


 今井ディレクターは静かにそう語り、先ほど配布されたペンライトを手にした。


起動サータス武器装着テルム・マウント!」


 起動の術句ヴェルブムに応えて、ペンライトが槍へと変化する。いつも門番が装備している、例のアレだ。


「こちらの魔術具では、このように皆さんの武器を装備できます。あとでもう一度、全員で一斉に装備してもらいますので、今はちょっと我慢して下さいね」


 そして、彼は自らのてのひらへ、その槍の穂先を突き立てた。

 小さい悲鳴が上がる。それは、いつのまにかMRユニットガーファスを装備していた女性衛兵記者たちが発したものだった。市民門の前に立っていた立体映像ホログラムよりも、よほど質感がある。実際、システムはそれを「自傷行為」と認めたようだ。今井ディレクターの頭上にある「シュン」という名に並ぶHPバーが、わずかに減少する。


「あ、痛くもかゆくもありませんよ? ここは幻界ヴェルト・ラーイじゃないので……でも、こんなふうにHPは減っちゃうんですよね。もちろん、敵に武器を当ててもHPを減らすことが可能ですが、まったく手ごたえはありません。

 ドゥジオン・エレイムでは、この、実体ではない武器を手に、戦ってもらいます。

 物理に関しては当てたらいいと考えていただければ結構ですが、お持ちになったらわかりますよね? ホントこれ、軽いんですよ。だから、いつもの動きをしようとするとたいへんです。

 鍔迫り合いとか、刃を合わせるとか、槍を突き立てたまま敵を振り回すとかまったくできないので、ご注意下さいね!

 ステータスが実体に影響を及ぼすことはないので、動きも各段にちがいます。アルス・ノーミネはもちろん発動しますが、エフェクトだけです。当たればHPを削りますが、皆さん自身の動きがいつもとちがうので、当たらないことだってあり得ます。

 あと、これよりややこしいのが魔術系ですね」


 術式マギア・ラティオに関しては、発声による詠唱も可能だが、手に持った術杖による詠唱短縮も可能だ。その際は幻界と同じく術杖の術式刻印をなぞることになるわけだが、杖の実物は存在しないために、この読み取りはかなり甘い。だいたい、というところでちゃんと発動するらしい。

 音楽系はもっと甘く、先にスキルを選択し、演奏系は楽器に手を添えて適当に動かしていても最高の結果が得られるという。歌のほうはもう少しシビアで、ガーファスのマイクが拾い上げた結果が反映されるそうだ。


「攻撃系は問題ないとしても、バフ、デバフ系が普段と大違いになります」


 繰り返すが、ドゥジオン・エレイムは現実世界で行なわれている。よって、数値的な上下はあれど、プレイヤーの体感には何も影響を及ぼさない。例えば、反応速度を上昇するような魔曲オグロ・ピエッサが使われたとしても、恩恵に預かった自覚はプレイヤー側にはアイコンでしか表れないことになる。


「あと、神術ですね。これは法杖を掲げて聖句サンクトゥスを口にすれば発動します。効果の大小の調整は思考の読み取りをしておりませんので、スキル内設定もしくはショートカットをご利用下さい。聖域の加護サンクトゥアリウムとかはエフェクトで成否判定お願いします」

「……まるっきりコマンド入力じゃないのよ……」


 ぼそっとつぶやく柊子アシュアの声音が怖い。

 衛兵隊長みっちーPがクククと笑っているが、正直笑いごとではないと思う。アシュアお得意の、相手の攻撃に合わせた発動が非常に難しい、ということになるからだ。唯一の神官がいつも通りに動けないのを理解した上で、戦いに臨まなければならない。


 次いで、今井ディレクターは結名ユーナを見た。


「という今までのお話でおわかりだと思いますが、従魔シムレース人形ピエールカに触れようとしても、素通りします。よって、特に従騎スキルは使用不可となります。ご了承下さい」

「……はい……」


 肩を落としながら、結名ユーナはうなずいた。

 日和エスタトゥーアも小さくため息をついている。


「あのさ。こういう説明、毎回してんの?」


 ふと皓星がたずねた。今井ディレクターは大きくうなずく。


「もちろんです。私ではなく、各控室の担当者がパーティー内容に応じて行なってですが。もっとも、今回はちょっとタブレットのチェックがゆるいようでしたので、多少サービスしているかもしれませんね」


 実際は物販に走ったせいでゆっくりと前もってタブレットを熟読する余裕がなかっただけなのだが。

 都合が悪いことは綺麗にスルーして、皓星は「なるほどな」とつぶやき、UI《ユーザー・インターフェース》を触り始めた。その手があちこち動いているのを見て、結名も同じようにウィンドウを操作してみる。やはり、道具袋インベントリは使えない。そして、スキルポイントを追加して振ることもできない。細かいところで調整が入っていると感じられた。

 今井ディレクターは道具アイテムの使用不可を告げ、消費系装備は使用した分失われることも確認した。


「ドゥジオン・エレイムは、10分という制限時間のあいだにどれだけ闘技場ドゥジオン召喚術師サマナーの召喚獣を倒せるかを競う内容となっております。時間が許す限り、最大で5対戦行なわれます」

「昨日、一パーティーが時間ギリギリで全勝を達成したので、撃破できないということはないからね!」


 一勝するごとに、倍率オッズも跳ね上がっていくそうだ。さぞかしそのパーティーに賭けたひとは儲かったのだろうなと思う。

 誇らしげに衛兵隊長みっちーPが告げたそのパーティー名が「眠る現実ドルミーレス」と聞き、結名は何だかいろいろ納得してしまった。


「では、最後にですね」


 今井ディレクターは槍を逆手に握り、自身へと突き立てた。その身体が、光となって砕け散る。途端に彼の名前は黒に染まり、槍は消えて魔術具に戻った。

 それでも、今井ディレクター自身はもちろん、立ったままだ。今死亡したのは、あくまで参加者プレイヤーとしての彼である。


「これが、ドゥジオン・エレイムにおける『ゲームオーバー』です。制限時間内であっても、HPがなくなれば戦闘継続はできません。速やかにアリーナの待避所まで逃げて下さい」


 システムの特性上、MPがゼロになったとしても、意識を喪失することはないという念押しを受けた。


「以上で、説明は終わりです。あらためて、皆さんにおたずねいたします」


 彼の指先が、宙を舞う。

 同時に、結名の視界へと確認ウィンドウが開いた。


 整理券の配布を受けた際にもたずねられた、アトラクションの利用基準の一覧。そして、最終確認である。


『あなたは、以上の注意事項を了承し、ドゥジオン・エレイムに参加しますか?

 はい いいえ』


 はい、を選ぶと、スクリーンに表示されたユーナの画像に光が灯った。

 9つの光が、宿る。


 満足げに今井ディレクターはうなずき、両手を広げた。


「では、皆さん、お立ち下さい」

「よし、ではさっそく武器を持ち、戦闘準備と行こうか」


 衛兵隊長みっちーPが魔術具を持ち、前に一歩出る。

 結名ユーナも椅子から立ち上がり、魔術具をにぎった。ペンライトのような形なので、すっぽ抜けないように手首に通す輪があり、調整できるようになっていた。


「では、私といっしょに――起動サータス武器装着テルム・マウント!」

起動サータス武器装着テルム・マウント!』


 起動の術句ヴェルブムの声が、重なる。

 衛兵隊長みっちーPの手には、片手剣サーベルがにぎられていた。

 そして、結名ユーナの右手に輝くものは……短槍マルドギールである。銀色のきらき、赤の宝玉に宿る火霊フォティアの姿は、いつもと変わらない力強さに満ちていた。両手で柄をにぎりしめる。やはり、いつもよりは感触が相当細い。わずかに透けて見える魔術具の形が、その実体を物語っていた。


 見回すと、誰もが自身の武器相棒の感触を確かめている。

 皓星シリウスは長剣を、拓海シャンレンは戦斧を、柊子アシュアは法杖を、真尋ペルソナは術杖を、芽衣ソルシエールは投刀を、日和エスタトゥーアは弦楽器をにぎっている。颯一郎セルヴァは、弓に矢を実際に番えて試しに壁を狙っているようだった。背にある矢筒にはたっぷり矢が入っているように見えるが、どういう理屈で放つのだろう。

 これから始まる戦いに胸を高鳴らせつつ、結名ユーナは……視線を、唯一の部外者たる彼に向けた。かつて憧れもした双剣士だ。どのように戦うのか、できればあらかじめ打ち合わせておくほうが無難だろう。

 だが、なぜか。

 名次奏多の手には、見慣れた一対の短剣――シンクエディアがにぎられていたのである。


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