第348話 武器を手に


「では――汝ら力を示せ!」


 衛兵隊長みっちーPが腕を大きく右へ振るう。それに合わせて、今井ディレクターが「ファーラスに力の神の祝福あれ!」と唱和し、どこからともなく床を打ち鳴らす音が響いた。少し薄暗かった室内だったが、同時に照明の明るさを戻される。

 合わせて、衛兵隊長みっちーPと今井ディレクター、女性衛兵記者たちはスタッフ用の扉から退室した。スクリーンに「1:00」が表示され、それが「0:59」とカウントダウンを始める。


 単なるシンクエディアなら。


 結名ユーナは目を凝らした。名次奏多の手元にある二振りは、が扱う双剣と同じものだ。小柄な彼女が扱うにはやや大振りに見えた双剣だったが、奏多が手に持つとそれほどの大きさには見えない。シンクエディア自体はアルカロットでも出現する一般的な短剣である。その上、エスタトゥーアが強化したものかどうか、ユーナの鑑定能力ではわからなかった。


 だが、彼には判った。

 片眼鏡モノクルに映し出された事実に、拓海シャンレンは息を呑む。そのようすを見定めていた颯一郎セルヴァは弓を手に持ったまま、名次奏多へと歩み寄った。


 カウントダウンが進む。

 あと50秒。


 おもむろに彼は身体を傾け、何か小さく耳打ちをしたように見えた。奏多はためらいなくうなずき、視線を日和エスタトゥーアへと向ける。


「エスタ、それ貸してよ」


 先ほどとはちがう微笑みが広がり、彼の指先が、日和エスタトゥーアの身にまとう……鈴を示す。日和エスタトゥーアはおどろきもせず、ただため息をついた。彼女の指先が、鈴の輪を取り外す。

 それがふたりの答えだと、誰もが解った。


 シャララン、と鈴の音が涼やかに鳴る。

 彼が双剣を持ち、軽く素振りをすると、そのすべてが舞となった。響く音色はリズムを刻んでいて。

 結名ユーナはあの朝を思い出した。


 クラン一角獣アインホルン結成の翌朝。

 誰もが酔い潰れて、食堂の床に転がって。

 彼女とふたりで、顔を洗いに外へ出たのだ。


「――ホント……いつでも身体が音楽奏でてる気がする、ね」


 奏多メーアは振り向いた。

 舞姫は微笑む。すっかり男になった顔のまま、艶やかに。


「それ、すんごい誉め言葉だよね、ユーナ」


 そして、その結名ユーナのとなりで、芽衣ソルシエールは――真尋ペルソナ術衣ジャケットにすがりつき、打ちふるえていたのだった。


「何あれマジなのもーどうしたらいいんですかあたしねえ師匠!?」

「知らん」


 声音に対し、その手は優しく彼女の背を撫でる。真尋ペルソナの指先に、芽衣ソルシエールはあわてて身を起こした。まともに視線が正面でからみ合い、より一層頬が赤く染まる。

 だが、逆に真尋ペルソナの視線は冷たかった。


「お前、ここに何しに来たんだ?」


 術杖を肩に担ぐように持ち、いつものように彼は言い放つ。


「戦わないなら、帰れ」


 そのことばに、芽衣ソルシエールは目をみはり――自分の頬を両手で打った。パシン、という音に、皆の視線が集まる。

 芽衣ソルシエール舞姫メーアを見た。やけに背が高く、イケメンすぎるが――あれはあくまで、ソルシエールの知る、明るく強かな舞姫メーアだと内心で繰り返す。

 にらまれた奏多メーアもまた、困ったように笑った。

 その表情が、ちゃんと舞姫の彼女と重なる。

 芽衣ソルシエールは息を吸い――手首にぶらさがった投刃をにぎった。


 とたん、奏多の表情が変わる。戦いに挑む、舞姫の顔だ。

 雷の魔女ライトニングは一振りした。手首をひるがえすと、まっすぐにその刃は奏多メーアへと飛ぶ。

 彼はそれを双剣で軽く弾いて見せた。地に落ちた刃はそのまま消え去り、しかし、芽衣ソルシエールの手にはまたもや投刃が戻っている。芽衣ソルシエールの口元が歪んだ。


「……やるじゃない」

術式マギア・ラティオ込みだったら避けてたよ。痺れるじゃんか」


 肩をすくめる奏多に、芽衣ソルシエールはちゃんと笑い返した。


 あと20秒。


 残された時間を、皆、武器やスキルの確認に費やしている。

 柊子アシュアの指先が宙を舞う。普段とはちがう神術の発動のタイムラグを抑えるために、ショートカット作成に余念がない。

 皓星シリウス奏多メーアが互いに剣を振るう。その刃先がどの位置なら当たるのか、当たらないのかを確認するように動く。その光景を、黙って拓海シャンレンは見つめていた。時折、戦斧をにぎった手首を返し、その大振りな動きを確かめている。

 真尋ペルソナ芽衣ソルシエールはそれぞれ、術式刻印を撫でていた。複雑な指先の動きが、術杖や投刃の背に光の軌跡を残す。術自体は発動させずに、口許でも何かをつぶやいているようだった。

 日和エスタトゥーアの持つ弦楽器は、ただ指先を触れさせるだけで、旋律が溢れた。やわらかな音はいつもの彼女のそれと少し強さが異なり、しかし、曲は変わらない。

 颯一郎セルヴァは流れるように、背の矢筒から弓へと矢を番える動作を繰り返し練習している。


 そして、結名ユーナは……マルドギールをにぎりしめたまま、水霊ヴァルナーの指輪を見つめていた。

 祈りは、心は、伝わらない。

 ショートカットで選べる水の精霊術では物足りないものを感じながら、それしか選べないのは、結名ユーナ柊子アシュアと同じだった。


 だが、現実この世界に、皆を喚ぶのなら。

 その力のすべてを活かしたい。


 結名ユーナは、水霊ヴァルナーの指輪へと口づけ祝福を贈る。

 その青の石がきらめいた時、すべての数字は0を示した。


 鎖が巻き上がる音が響く。それに合わせてスクリーンが上昇し、その向こうの扉が開かれる。

 広がる光景は屋内のはずだが、地面の砂が風に煽られ、闘技場ドゥジオンのアリーナを映し出していた。その戦場で待つ人影に、目を凝らす。

 それは、いつかまみえた召喚術師サマナー、そのひとだった。


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