第349話 戦場へ
そんな彼女を追い越すのは、もっとも舞台に不可欠な存在だった。
力の試練でも、
その瞬間に、
その異様さに、
「何なの、あれ……」
「一瞬でバレましたね」
外のスクリーンに表示されているアリーナには、キャラクターとしか映らないはずだ。しかし、奏多は舞姫ではなく、そのコピーであるカナタとして映し出される。見た目は奏多なのだから、見るものにはすぐわかるだろう。
優雅に一礼するさまは、まるでこれから歌い始めそうだった。
前を守るために、
いつもの
「さあ、わたくしたちもまいりましょう。あの子たちが待っています」
「そうね。楽しみましょう」
軽い、柊子の声音が室内に響き、彼女もまた青の術衣をひるがえして歩いていく。その腰よりも長い黒髪が、尾を引くように流れた。
――あの白い舞台に、いる。
結名の心が彼らへと向く。その足がようやく動き出した。日和は白の術衣の袖を振り、そっと弦楽器をつま弾く。軽やかな音階が駆け昇る中、彼女もまた光へとその身を晒した。
「行くぞ」
「……はいっ」
気圧されていた
アリーナへ足を踏み入れたとたん、その姿は具現した。
【……行こう。待ちくたびれたよ】
漆黒の毛並みが、となりへ寄り添う。最初からその場にいたかのように、彼は結名を一瞥し、その尾で身体を撫でていく。立ち止まってしまった結名に手を差し出すのは、
「少し、大人になられたようだな」
だが、彼自身も「触れられない」と知っているのか、ただその手はうながすように前へと流されただけだった。
「夢でも貴女に逢えるとは思わなかった。エスコートできないのが残念だ」
低い声音は、確かに彼のものだった。耳元に直接聞こえている。
「キゥ」
【これならば、我が主を守ることもできよう】
朱金の鳥は、戦いゆえに人化を選んでいなかった。その羽ばたきはまるで光が零れ落ちるようで、小さいながらも神々しさを湛えている。
「キゥィ」
【それにしても、夢じゃと随分ちがうのぅ。うむ、重畳重畳】
「どこ見て言ってるの……?」
羽を閉ざし、その頬へと身体を摺り寄せる姿も相まって、まちがいなくアデライールだと思い知らされる。
「カードル伯、いけるか」
「主殿の御為なれば」
「かーさま!」
「かぁさま!」
女中服姿の双子姫は、
「あれ? かーさま、ちっちゃい?」
「かぁさま、ちっちゃい……?」
「ふふ、今はあなたたちのほうが大きいですね」
見上げる形になってしまう事実に内心涙しながら、日和は愛娘へと声を掛ける。
「さあ、わたくしの大事な娘たち、その力を存分に振るうのですよ」
「かしこまりました、かーさま!」
「かしこまりました、かぁさま!」
その手に
「9人だからパーティー的に1人少なくて悪いなあって思ったけど、どう見てもこれって14人だよね」
「そうですね……勝たないといけませんね。あなた、アイドルですし」
「アーティストって言ってよ、一応」
シンクエディアを弄ぶ奏多に、拓海は同意を示す。自称アーティストはその表現に苦笑を洩らし、次いで注意を飛ばした。
「人数と職業分布、レベル平均、しっかり計算されて敵が出てくるよ」
「ええ、確実に昨日の『
「まあ、負ける気はしないけど、ねー」
お互いリサーチ済みと確認し、奏多は背伸びをした。
舞台に役者がそろった、と言わんばかりにアナウンスが流れる。
『これより、力の試練を始める』
まさか、と思った。
結名は観客席を見上げる。
『挑むは、ファーラスの紋章から見て右手、命の神の祝福を受けし者なり。
――対するは、我がファーラスの誉れ高き
ヴィーゾフ、再戦である。
しかし、勝利条件は異なっていた。
拓海は息を呑んだ。奏多はうっすらと佩いた笑みを深めた。
「条件、厳しくなっていませんか?」
「全部倒せ、か……」
「上等じゃないの」
クッと喉で笑う
「おまえ、攻撃できないだろ」
「『
「はいはい」
しょせん、この姿はまやかしだ。紅蓮の仮面は、本来視界を狭めてしまう問題があるのだが、
その意味では、他の面々も同じ条件のはずだ。プレイヤーにとってはいつもと重さがちがう分戦いにくくもあるが、逆に幻界の住人たちにとってはいつもと変わらないフィールドである。
個々が己の鼓動の高まりを感じる中、側近の声音に合わせ、唱和が起こる。
『――では、双方……力を示せ!』
『ファーラスの名の下に!』
全員の視界に、「10:00」からのカウントダウンが開始した。
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