第349話 戦場へ


 結名ユーナはアリーナを見回した。しかし、そこには肝心の従魔シムレースの姿はない。双子姫も見えず、扉の死角にいるのだろうかと足を早める。

 そんな彼女を追い越すのは、もっとも舞台に不可欠な存在だった。

 力の試練でも、奏多メーアは自らを物語るように駆け出していた。今もまた、その手足に鈴をまとい、音色を響かせる。あの時と異なるのは、既にシンクエディアをにぎっていることと、であることだ。手首を捻り、その刃を閃かせながら、その身体を存分に生かして魅せる。可愛らしさと艶やかさを同居させていた少女は、今、少年の持つ元気の良さと青年の持つ凛々しさとを前面に出し、ひとしずく舞姫メーアの要素を垂らして、舞台に立っていた。

 その瞬間に、闘技場ドゥジオンの外が沸く。

 その異様さに、柊子アシュアはアリーナに出ていくのをためらった。日和エスタトゥーアへと顔を向け、アリーナを指さす。


「何なの、あれ……」

「一瞬でバレましたね」


 外のスクリーンに表示されているアリーナには、キャラクターとしか映らないはずだ。しかし、奏多は舞姫ではなく、そのコピーであるカナタとして映し出される。見た目は奏多なのだから、見るものにはすぐわかるだろう。

 優雅に一礼するさまは、まるでこれから歌い始めそうだった。

 前を守るために、皓星シリウスが先に進んだ。ふたりの剣士が合流する。戦斧を担ぎ、拓海シャンレンも続いた。

 いつもの闘技場ドゥジオンとはちがう。現実と幻界ヴェルト・ラーイが重なり合うようすに、足が竦む。結名の背に、そっと日和が触れた。


「さあ、わたくしたちもまいりましょう。あの子たちが待っています」

「そうね。楽しみましょう」


 軽い、柊子の声音が室内に響き、彼女もまた青の術衣をひるがえして歩いていく。その腰よりも長い黒髪が、尾を引くように流れた。


 ――あの白い舞台に、いる。


 結名の心が彼らへと向く。その足がようやく動き出した。日和は白の術衣の袖を振り、そっと弦楽器をつま弾く。軽やかな音階が駆け昇る中、彼女もまた光へとその身を晒した。


「行くぞ」

「……はいっ」


 気圧されていた芽衣ソルシエールもまた、魔術師ペルソナの背を追う。最後に残された弓手セルヴァは、静かに術式を口にして、舞台へ向かった。






 アリーナへ足を踏み入れたとたん、その姿は具現した。


【……行こう。待ちくたびれたよ】


 漆黒の毛並みが、となりへ寄り添う。最初からその場にいたかのように、彼は結名を一瞥し、その尾で身体を撫でていく。立ち止まってしまった結名に手を差し出すのは、不死伯爵アークエルドだ。


「少し、大人になられたようだな」


 だが、彼自身も「触れられない」と知っているのか、ただその手はうながすように前へと流されただけだった。


「夢でも貴女に逢えるとは思わなかった。エスコートできないのが残念だ」


 低い声音は、確かに彼のものだった。耳元に直接聞こえている。MRユニットガーファスから発されていると、結名は気づいた。


「キゥ」

【これならば、我が主を守ることもできよう】


 朱金の鳥は、戦いゆえに人化を選んでいなかった。その羽ばたきはまるで光が零れ落ちるようで、小さいながらも神々しさを湛えている。不死鳥幼生アデライールが求めたものに応えられたと、喜ぶ心のまま結名は手を差し伸べた。その手ではなく、肩へと不死鳥幼生は舞い降りる。


「キゥィ」

【それにしても、夢じゃと随分ちがうのぅ。うむ、重畳重畳】

「どこ見て言ってるの……?」


 羽を閉ざし、その頬へと身体を摺り寄せる姿も相まって、まちがいなくアデライールだと思い知らされる。


「カードル伯、いけるか」

「主殿の御為なれば」


 剣士シリウスの呼びかけに、不死伯爵アークエルドは魔剣ローレアニムスを引き抜いて答える。


「かーさま!」

「かぁさま!」


 女中服姿の双子姫は、人形遣いエスタトゥーアの両脇に寄り添った。破顔したふたりだったが、それが少し困惑する。


「あれ? かーさま、ちっちゃい?」

「かぁさま、ちっちゃい……?」

「ふふ、今はあなたたちのほうが大きいですね」


 見上げる形になってしまう事実に内心涙しながら、日和は愛娘へと声を掛ける。


「さあ、わたくしの大事な娘たち、その力を存分に振るうのですよ」

「かしこまりました、かーさま!」

「かしこまりました、かぁさま!」


 その手に方天画戟ガウェディガイス鎖鎌クラモアをかまえ、双子姫は軽やかに一礼する。


「9人だからパーティー的に1人少なくて悪いなあって思ったけど、どう見てもこれって14人だよね」

「そうですね……勝たないといけませんね。あなた、アイドルですし」

「アーティストって言ってよ、一応」


 シンクエディアを弄ぶ奏多に、拓海は同意を示す。自称アーティストはその表現に苦笑を洩らし、次いで注意を飛ばした。


「人数と職業分布、レベル平均、しっかり計算されて敵が出てくるよ」

「ええ、確実に昨日の『眠る現実ドルミーレス』より強いセレクトになるでしょう」

「まあ、負ける気はしないけど、ねー」


 お互いリサーチ済みと確認し、奏多は背伸びをした。

 舞台に役者がそろった、と言わんばかりにアナウンスが流れる。


『これより、力の試練を始める』


 まさか、と思った。

 結名は観客席を見上げる。立体映像ホログラムで投影されたその場所には、ファーラスの紋章の刻まれた貴賓席もあり、彼の男爵の姿も見えた。宣言しているのは、側近のほうだ。


『挑むは、ファーラスの紋章から見て右手、命の神の祝福を受けし者なり。

 ――対するは、我がファーラスの誉れ高き召喚術師サマナー


 ヴィーゾフ、再戦である。

 しかし、勝利条件は異なっていた。召喚術師サマナーにはいっさいの手出し無用。10分という時間の中で召喚獣をすべて倒しきれば、こちらの勝ち。時間切れ、もしくはこちらが全滅すれば、召喚術師の勝ちとなる。

 拓海は息を呑んだ。奏多はうっすらと佩いた笑みを深めた。


「条件、厳しくなっていませんか?」

「全部倒せ、か……」

「上等じゃないの」


 クッと喉で笑う青の神官アシュアのことばに、仮面の魔術師ペルソナの目が細くなる。


「おまえ、攻撃できないだろ」

「『眠る現実ドルミーレス』よりきつい条件ってとこがいいじゃない? しっかり燃やしなさいよ、ぺるぺる」

「はいはい」


 しょせん、この姿はまやかしだ。紅蓮の仮面は、本来視界を狭めてしまう問題があるのだが、現実リアルではただの映像であり、何の障害にもならない。いつもよりも広がった視野で物事を把握することができ、真尋はとても快適さを味わっていた。

 その意味では、他の面々も同じ条件のはずだ。プレイヤーにとってはいつもと重さがちがう分戦いにくくもあるが、逆に幻界の住人たちにとってはいつもと変わらないフィールドである。

 個々が己の鼓動の高まりを感じる中、側近の声音に合わせ、唱和が起こる。


『――では、双方……力を示せ!』

『ファーラスの名の下に!』


 全員の視界に、「10:00」からのカウントダウンが開始した。


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